「火を呼びくだし、雨を降らしし エリヤも我と同じ人なり」
この聖歌が歌うように、聖書に登場する人物たちは、遠い神話の住人ではありません。私たちと同じ人間が、同じ地球上で、神様と共に歩んだ歴史的事実が聖書には記されています。
シオンの丘、モリヤの山、ギホンの泉 ― これらは今もイスラエルに存在する実在の場所です。
この図解を通して、聖書の舞台を少しでも身近に感じていただけたら嬉しいです。知らなかったことを知り、分からなかったことが分かり、疑問が解決する ― そんな小さな発見が、聖書を開く楽しみにつながりますように。
目次
💧 水の流れと救いの歴史
ギホンの泉からシロアムの池へ、そして神殿での癒しへ
千年の時を超えて繋がる「水」と「癒し」の物語
📅 時代を選択して物語を辿る
🗺️ エルサレムの水の流れ
🔗 千年を繋ぐ水の物語
BC1000頃 — ダビデの攻略
ギホンの泉の水路(ツィンノール)を通って、「下から」エブスを攻略。 「目の見えない者、足のなえた者は宮に入ってはならない」という言葉が生まれた。
💧 水路が開かれた
「水汲みの地下道を抜けて」
🔨 トンネルが完成
「水道を造り、水を町の中に引いた」
BC701 — ヒゼキヤのトンネル
アッシリア包囲に備え、ギホンからシロアムの池へ533mのトンネルを掘削。 水は城壁内の「シロアムの池」に流れ込むようになった。
AD30頃 — イエスの癒し
シロアムの池で生まれつきの盲人を癒し、 神殿でも「盲人や足のなえた者」を癒された。 千年前の排除の言葉が、ここで覆された。
👁️ 癒しと礼拝
「シロアムの池で洗いなさい」
✝️ 霊的意義:排除から包含へ
❌ 排除の言葉(第二サムエル5:8)
「目の見えない者、足のなえた者は宮に入ってはならない」
エブス人の嘲りから生まれ、何百年も排除の根拠となった言葉。 神殿への入場を妨げ、礼拝から遠ざけていた。
✅ 包含の福音(マタイ21:14)
「宮の中で、盲人や足のなえた者たちがみもとに来たので、イエスは彼らを癒された」
ダビデの子イエスが、ダビデの言葉を覆された。 排除されていた者たちが、神殿で癒され、礼拝者となった。
シロアム(שִׁלֹחַ)= 「遣わされた」
イエスは「遣わされた方」(ヨハネ9:7)
盲人は「遣わされた池」で洗い、見えるようになった
ダビデが開いた水路 → ヒゼキヤが延長 → イエスが癒しの場所とされた
同じ水源から、千年後に救いの水が流れ出た
📖 生ける水の約束(ヨハネ7:37-38)
「だれでも渇いているなら、わたしのところに来て飲みなさい。
わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、
その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
— イエス・キリスト(仮庵の祭りの最終日に)
💧 物理的な水
ギホンの泉 → シロアムの池
エルサレムの命を支えた水源
👁️ 癒しの水
シロアムの池で盲人が癒された
肉体の目が開かれた
🕊️ 霊的な水
聖霊による新生
心の目が開かれる
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