マタイ24章ではイエス様が、携挙と再臨を一緒に混ぜて語られています。どっちがどっち?これは同じ時期に両方あるということ?そうなると今まで教会で聞いてきたことと違うような?それでいいような。でもイエス様ご自身の言葉だから・・・何か意味があるはず。色々疑問が出てきます。そこで、この章にある内容を整理してみました。
目次
⚡ 携挙と再臨の違い ⚡
📖 前提となる理解
マタイ24章で、イエス様は携挙(Rapture)と再臨(Second Coming)を混ぜて語られているように見えます。これは意図的なもので、どちらのイベントに対しても同じ備えが必要だからです。
この二つのイベントは、性質・目的・対象・公開性などが異なりますが、どちらも神の救済計画における重要な出来事です。
The Rapture (ハルパゾー)
-
🕐 時期
誰も知らない、思いがけない時
「盗人のように」突然来る -
👁️ 公開性
秘密の出来事
世界は何が起こったか気づかない -
⚡ 速度
瞬時に(一瞬で)
「まばたきする間に」(1コリント15:52) -
👥 対象
信者のみ(教会)
「ひとりは取られ、ひとりは残される」 -
📍 キリストの位置
空中まで
信者が引き上げられて主に会う -
🎯 目的
信者を艱難から救い出す
花嫁を迎える
マタイ24:36-44
1テサロニケ4:16-17
1コリント15:51-52
The Second Coming (パルーシア)
-
🕐 時期
前兆がある(しるし)
「太陽は暗くなり、月は光を放たず」 -
👁️ 公開性
公的な顕現
「すべての目が見る」 -
⚡ 速度
観察可能(見る時間がある)
「人々は悲しみながら見る」 -
👥 対象
全人類が対象
「地上のあらゆる種族」が見る -
📍 キリストの位置
地上(オリーブ山)に降臨
「その足はオリーブ山の上に立つ」 -
🎯 目的
裁きと千年王国の確立
王として統治するため
マタイ24:29-31
黙示録19:11-16
ゼカリヤ14:4
マタイ24:40-41
「そのとき、畑にふたりいると、ひとりは取られ、ひとりは残されます。」
信者が突然、瞬時に引き上げられる。世界は混乱に陥る。
マタイ24:21
「そのときには、世の初めから、今に至るまで、いまだかつてなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。」
反キリストの支配、神の裁き、大迫害の時期。
マタイ24:29
「太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます。」
再臨直前の宇宙的な前兆。
マタイ24:30
「人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。」
キリストが王として地上に帰還。全世界が目撃する。
マタイ24:31
「御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。」
離散していたイスラエル民族の再集結。
キリストが地上で1000年間統治される。平和と義の時代。
🔍 マタイ24章の区分
📘 携挙に関する箇所(24:36-44)
- 24:36 – 「その日、その時がいつであるかは、だれも知りません」
- 24:37-39 – ノアの日のたとえ(突然の出来事)
- 24:40-41 – 「ひとりは取られ、ひとりは残される」
- 24:42-44 – 「目をさましていなさい」「盗人のように来る」
特徴: 時期不明、突然性、選択性
📕 再臨に関する箇所(24:29-31)
- 24:29 – 「これらの日の苦難に続いてすぐに」(前兆あり)
- 24:30 – 「人の子のしるしが天に現れます」(公的)
- 24:30 – 「地上のあらゆる種族は…見る」(全人類)
- 24:31 – 「選びの民を集めます」(イスラエルの回復)
特徴: 前兆あり、公開性、全人類対象
⚠️ 携挙のタイミングについて
携挙が艱難前・艱難中・艱難後のいつ起こるかについては、聖書学者の間でも意見が分かれます:
- 艱難前携挙説: 信者は大艱難を経験せず、事前に引き上げられる(1テサロニケ1:10, 5:9)
- 艱難中携挙説: 艱難期の中間(3年半後)に携挙が起こる
- 艱難後携挙説: 携挙と再臨はほぼ同時に起こる
どの立場を取るにしても、「いつ来ても大丈夫なように備えている」ことが最も大切です。携挙のタイミングを議論することよりも、目を覚まして忠実に生きることが主の命令です。
友喜の言葉:「携挙来てから遅かったでは済まされない、あとは殉教するほどの苦しい道しか残されていない。けれど、残されたなら、命を捨てて宣教できる恵みにあずかれる。どっちがいいのか?やっぱり携挙がいい、波の苦しさではないから。」
🌿 イチジクの木のたとえ(24:32-33)
「いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。」
イチジクの木 = イスラエル:
- 1948年のイスラエル建国 → 「枝が柔らかになった」
- イスラエルへのユダヤ人帰還 → 「葉が出て来る」
- メシアニック・ジューの増加 → 「心が柔らかくなっている」証拠
友喜の洞察:「イスラエルは今はまだ少し頑なだけど、中には柔らかくなっている人もいて、主を信じ始めているのではないでしょうか?もうぼちぼち主は来られそうな気がします。」
🔥 忠実なしもべとは(24:45-51)
「主人から、その家のしもべたちを任されて、食事時には彼らに食事をきちんと与えるような忠実な賢いしもべとは、いったいだれでしょう。主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見られるしもべは幸いです。」
「食事時」(καιρός カイロス)の意味
ギリシャ語のカイロスは、単なる時計的時間(クロノス)ではなく、「神の時、機会、季節」を意味します。
- 適切な時に適切な食物を与える = その季節に必要な御言葉を与える
- 例祭との連動: 神の救済史は例祭のパターンに沿って展開
- 過越 → キリストの十字架(実現済み)
- 初穂の祭り → キリストの復活(実現済み)
- 五旬節 → 聖霊降臨(実現済み)
- ラッパの祭り → 携挙?(未実現)
- 贖罪日 → イスラエルの悔い改め(未実現)
- 仮庵の祭り → 千年王国(未実現)
友喜の実践:「トーラーポーションで聖書を学ぶ意味がここにもあります。ちょうど祭りごとになっているのではないかと思います。例祭の意味のある個所を例祭の時期は選んでいるのではと思うので。」
悪いしもべの特徴(24:48-51)
- 「主人はまだまだ帰るまい」と思う → 緊張感の欠如
- 仲間を打ちたたく → 権威の濫用
- 酒飲みたちと遊興する → 世俗との妥協
友喜の決意:「偽善者にならないように、悪いしもべにならないように、気を付けたいです。しっかり食事時に適切なみ言葉を自分に与え、そしてブログを通しても人々に広め、まだ主を知らない人々にも、福音を宣べ伝えたいと思います。」
💫 まとめ:目を覚ましている生き方
携挙と再臨、どちらも神の計画における重要なイベントです。しかし、イエス様が最も強調されたのは、「目を覚ましていなさい」という命令でした。
「だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。…だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。」
「目を覚ましている」とは?
- 日々の忠実さ: 主から任されたことを忠実に行う
- 適切な養い: 自分と他者に、時にかなった御言葉を与える
- 愛の実践: 仲間を打たず、むしろ励まし合う
- 世俗との距離: 遊興に溺れず、霊的な警戒を保つ
- 証の生活: 「地に住み誠実を養う」(詩篇37:3)
「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。」
この約束こそが、私たちの最大の励ましです。天地は変わっても、主の御言葉は永遠に変わりません。
🙏 祈りと決意
「地に住み誠実を養い、私が通り良き管となって、私の内におられる命ある力の主ご自身が現れるよう祈りつつ、主ご自身が直接語られるように。」
ー 友喜
詳しい説明は下記のリンクで解説しています。


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