バビロン帰還を「第二の出エジプト」として見ると、聖書全体の構造が本当に見えてくるんですよね。
イザヤ書を読んでいると、これがすごく鮮明に分かります。例えば:
イザヤ43:16-19
「主はこう言われる。海の中に道を、大水の中に通り道を設けた方、…『先のことを思い出すな。昔のことを考えるな。見よ、わたしは新しいことを行う。今や、それは芽生えている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒れ地に川を設ける。』」
ここで「海の中に道」というのは明らかに紅海渡渉のことを指しているのに、すぐ後で「いや、もうそれは思い出さなくていい、もっとすごい新しいことをするから!」と言うんです。
それが何かというと、バビロンからの帰還。
神様の救済のパターン
この「出エジプト型の救済」というパターンが聖書全体を貫いています:
- 絶望的な奴隷状態・捕囚 → エジプト/バビロン/罪と死
- 人間には不可能な状況 → 紅海/70年の捕囚/墓
- 神の主権的介入 → 海が分かれる/異邦人の王が命令/復活
- 新しいアイデンティティ → 契約の民/神殿の民/キリストにある新創造
面白いのは、イザヤが「昔のことを思い出すな」と言いながらも、明らかに出エジプトの言葉を使って新しい救いを語っていること。
つまり、同じパターンだけど、もっと深く、もっと豊かになっているんです。
そしてこれが究極的には…
ルカ9:31が鳥肌ものなんですよ:
「栄光のうちに現れたモーセとエリヤは、イエスがエルサレムで遂げようとしておられた**最期(ギリシャ語:エクソドス)**について話していた」
イエスの十字架と復活を、ルカは「エクソドス(出エジプト)」と呼んでいるんです!
- 第一の出エジプト:エジプトの奴隷から → 約束の地へ
- 第二の出エジプト:バビロンの捕囚から → エルサレムへ
- 第三の・究極の出エジプト:罪と死の奴隷状態から → 永遠のいのちへ
こういう繋がりを見つけると、本当にワクワクしますよね。聖書って、ただのバラバラの物語集じゃなくて、一つの壮大な救済ドラマなんだって実感します。
そして、私たち一人一人も、この「出エジプトの物語」を生きているんですよね。
それでは、この「第二の出エジプト」がどのように預言され、成就したのかを見ていきましょう。
キュロス勅令とイザヤ預言の関係
預言から成就まで:神の救済計画の展開
時系列の詳細
1. イザヤの預言期(BC740-680頃)
時期:アッシリア帝国の脅威の時代
預言者イザヤは、まだ生まれてもいないキュロスの名を挙げて、将来の神殿再建を預言しました。この時点で:
- エルサレムの第一神殿はまだ健在
- バビロン捕囚はまだ起こっていない(約150年後)
- ペルシャ帝国もまだ存在していない
イザヤ44:28
「わたしの牧者キュロスについては『彼はわたしの望みをすべて成し遂げる』と言い、エルサレムについては『再建される』と言い、神殿については『礎が据えられる』と言う者。」
「わたしの牧者キュロスについては『彼はわたしの望みをすべて成し遂げる』と言い、エルサレムについては『再建される』と言い、神殿については『礎が据えられる』と言う者。」
2. バビロン捕囚期(BC586-538)
時期:約70年間の捕囚
ネブカドネツァル王によってエルサレムは陥落し、神殿は破壊され、民は捕虜としてバビロンへ連行されました。
- BC586:エルサレム陥落、第一神殿破壊
- 詩篇137篇:「バビロンの川のほとりで…どうして歌えようか」
- エレミヤ29:10:「70年の後…わたしはあなたがたを顧みる」
3. キュロス勅令(BC538)
時期:ペルシャ帝国によるバビロン征服直後
ペルシャ王キュロスは、イザヤの預言通りにユダヤ人の帰還と神殿再建を命じました:
エズラ1:2-3
「ペルシャの王キュロスはこう言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私に命じられた。あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。』」
重要な点:
「ペルシャの王キュロスはこう言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私に命じられた。あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。』」
- キュロス自身が「天の神、主」に言及している
- 異邦人の王が神の計画の器として用いられた
- 約150年前の預言が文字通り成就した
神学的意義:第一の出エジプトと第二の出エジプト
イザヤ書は、バビロン帰還を「新しい出エジプト」として描いています。これは単なる歴史の繰り返しではなく、神の救済計画の継続と発展を示しています:
共通のパターン:
① 奴隷状態・捕囚からの解放
② 神の主権的介入(奇跡的な救出)
③ 荒野を通る旅路
④ 約束の地/エルサレムへの到達
⑤ 礼拝の回復(幕屋/神殿)
さらなる成就:
この「出エジプトのパターン」は、最終的にイエス・キリストによる罪と死からの救済へと繋がります。
イザヤ書は、バビロン帰還を「新しい出エジプト」として描いています。これは単なる歴史の繰り返しではなく、神の救済計画の継続と発展を示しています:
共通のパターン:
① 奴隷状態・捕囚からの解放
② 神の主権的介入(奇跡的な救出)
③ 荒野を通る旅路
④ 約束の地/エルサレムへの到達
⑤ 礼拝の回復(幕屋/神殿)
さらなる成就:
この「出エジプトのパターン」は、最終的にイエス・キリストによる罪と死からの救済へと繋がります。
- マタイ2:15「エジプトから、わたしの子を呼び出した」(イエスの幼少期)
- ルカ9:31「イエスがエルサレムで遂げようとしておられた最期(ギリシャ語:エクソドス=出エジプト)について話していた」
- 第一コリント5:7「私たちの過越の子羊キリストが、すでに屠られたからです」


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