今日の通読箇所もとても豊かなので、一つの記事まとめるよりも別記事に書いた方が書きやすかったので、①創世記48章②第一歴代誌7章8章③マルコ15章となります。
トーラーポーションで、通読するようになって、トーラー以外にも同時に読むことで、毎回豊かな通読を与えられていることを感謝します。
目次
はじめに:系図を読む楽しさ
歴代誌の系図を読んでいると、「この名前、どこかで見たことがある…」と思うことがあります。ウザ、シムイ、ジムリ、ゼカリヤ…聖書には同じ名前の人物が何人もいるのです。
例えば「ウザ」という名前。第二サムエル記6章で神の箱を支えようとして死んだウザは有名ですが、歴代誌8章7節のウザは全く別人です。神の箱のウザはレビ族でしたが、歴代誌8章のウザはベニヤミン族のエフデの子です。ヘブル語で「ウザ」(עֻזָּא)は「力」を意味する一般的な名前でした。
同様に、ダビデを呪った「シムイ」(第二サムエル16章)と歴代誌8章21節のシムイも別人です。「シムイ」(שִׁמְעִי)は「聞く者」という意味で、これも非常によく使われた名前でした。
「事を隠すのは神の誉れ。事を探り出すのは王の誉れ。」(箴言25:2)
系図は単なる名前の羅列ではありません。そこには神様が隠された宝があり、私たちがそれを発見することを神様は喜んでおられるのです。
エルサレムに住んだ四つの部族
歴代誌上9章3節には、興味深い記述があります。
「エルサレムには、ユダ族、ベニヤミン族、エフライムおよびマナセ族の者が住みついた。」
ユダ族とベニヤミン族がエルサレムに住んでいたのは当然です。エルサレムはこの二つの部族の境界上に位置していたからです(ヨシュア15:8、18:16参照)。
しかし、なぜエフライム族とマナセ族がエルサレムに住んでいたのでしょうか? エフライムとマナセは北王国の中心的な部族です。「エフライム」という名前は、北王国全体を指す代名詞としても使われていました(ホセア書など)。
これは、「失われた10部族」についての重要な手がかりを与えてくれます。
北から南への移住 ― 聖書の証拠
証拠1:ヤロブアム時代のレビ人移住
歴代誌下11章13-17節には、北王国成立直後の出来事が記されています。
「全イスラエルにいた祭司たちとレビ人たちは、あらゆる地域から彼(レハブアム)のもとに来た。レビ人たちは自分たちの放牧地と所有地を捨てて、ユダとエルサレムに来た。ヤロブアムとその子たちが、彼らを主の祭司職から退けたからである。」
ヤロブアム一世が金の子牛を立てたとき、真の神を信じる祭司やレビ人たちは「これは違う」と感じました。彼らは財産を捨ててまで南王国に移住したのです。これは信仰による自発的な選択でした。
証拠2:アサ王時代の大移住
歴代誌下15章9節には、さらに大規模な移住が記録されています。
「さらに彼(アサ王)はユダとベニヤミンの全員、および彼らとともに寄留していたエフライム、マナセ、シメオンからの人々を集めた。彼らの神、主が彼とともにおられるのを見て、イスラエルからアサのもとに降って来る者が多かったからである。」
ここには三つの北の部族(エフライム、マナセ、シメオン)が明確に名前で挙げられています。彼らは「主がアサ王と共におられる」のを見て、南に移住してきたのです。
現代の言葉で言えば、彼らは「足で投票した」のです。政治的にはヤロブアムの王国に属していても、霊的には真の神を求めて南へ行く。社会的な所属と信仰の選択が異なる場合、彼らは信仰を選びました。
神様の「二重の保存システム」
これらの聖書の記述から見えてくるのは、神様が「二重の保存システム」を持っておられたということです。
第一の保存:南王国という「器」
南ユダ王国は約345年間存続しました。ダビデ王朝が継続し、エルサレム神殿があり、レビ人による正式な礼拝が続けられました。これは「制度としての保存」です。
第二の保存:信仰者の統合
北の10部族から、真の神を求める人々が継続的に南へ移住しました。北王国成立時(紀元前930年頃)から、善王の時代(アサ、ヒゼキヤ、ヨシヤ)、そして北王国滅亡後(紀元前722年)まで、この流れは途切れませんでした。
これにより、10部族の血筋と信仰は南王国の中に吸収・保存されました。これは「信仰による保存」です。
新約聖書における12部族の存続
新約聖書にも、10部族が「失われていない」証拠があります。
アシェル族の女預言者アンナ
ルカ2章36節に登場する女預言者アンナは、「アシェル族」出身と明記されています。アシェル族は北の10部族の一つです。紀元前722年の北王国滅亡から約700年後、イエス様の時代にも、自分がアシェル族であることを知っている人がいたのです。
パウロの「十二部族」発言
使徒26章7節で、パウロはアグリッパ王の前でこう語っています。
「私たちの十二部族が夜も昼も熱心に神に仕えながら、その約束のものを得たいと望んでいるのです。」
パウロは「十二部族」が現在も存在することを前提に話しています。「失われた10部族」ではなく、「十二部族」です。
イエス様が12人の弟子を選んだ意味
なぜイエス様は10人でも11人でもなく、12人の弟子を選ばれたのでしょうか。マタイ19章28節でイエス様はこう言われています。
「まことに、あなたがたに言います。人の子がその栄光の座に着くとき、その新しい世界で、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十二部族をさばきます。」
イエス様は12部族の回復を前提に語っておられます。神様の計画において、12部族は決して失われていないのです。
コラの子孫の回復 ― 贖いの証し
歴代誌上9章19節には、もう一つの感動的な記録があります。
「コラの子エブヤサフの子コレの子シャルム、その父の家に属する彼の兄弟たち、すなわちコラ人は、その奉仕の仕事につき、天幕の入口を守る者となった。」
コラといえば、民数記16章でモーセとアロンに反逆して神に裁かれた人物です。しかし、民数記26章11節にはこう記されています。
「しかし、コラの子らは死ななかった。」
父コラは反逆のゆえに滅びましたが、その子孫は生き延び、後には神殿の門衛や賛美者として仕える栄誉を受けました。詩篇の中でも「コラの子」の表題がついた詩篇が複数あります(42篇、44-49篇、84-85篇、87-88篇)。
これは贖いと回復の素晴らしい証しです。父の罪が子に及ばず、悔い改めた者には新しい道が開かれる。系図の中に埋め込まれた福音のメッセージです。
結論:「失われた」のではなく「統合された」
「失われた10部族」という表現は、人間中心の歴史観から来ているように思います。
神様の視点からは、誰も「失われて」いません。北王国という政治的な器は確かに滅びました。しかし、信仰の民は南へ移り、そこで保存されました。
10部族は「失われた」のではなく、「南王国に統合された」と言えるのではないでしょうか。あるいは「保存された10部族」と呼ぶ方が、神様の真実をより正確に表しているでしょう。
「残りの者」(レムナント)の神学
聖書全体を通して、「残りの者」という概念が繰り返し現れます。
- ノアの洪水:全人類から8人だけが残された
- ソドムとゴモラ:ロトの家族だけが救い出された
- エリヤの時代:「バアルにひざをかがめなかった7,000人」(第一列王記19:18)
- バビロン捕囚:残りの者が帰還した
- イエス様の時代:イスラエル全体が拒否しても、弟子たちという「残りの者」が
パウロはローマ11章5節でこう言っています。
「同じように、今も恵みの選びによって残された者がいます。」
現代の私たちへの適用
この「残りの者」の神学は、現代の私たちにも適用できます。
世界がどんなに混乱しても、教会が堕落したように見えても、神様は必ず「残りの者」を保存しておられます。神様の視点からは、真実に神を求める者は一人も失われていないのです。
日本においても、目に見える数は少なくても、神様は「残りの者」を備えておられます。そして、その「残りの者」を通して、神様はご計画を進めておられるのです。
あなたも、神様に保存された「残りの者」の一人かもしれません。
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「わたしは、彼らの残りの者を、地のすべての国々から集め、
彼らの土地に連れ帰る。」
(エレミヤ23:3)
👑 12部族の保存 ― 神様の真実
「失われた」のではなく「統合された」10部族
しかし、信仰者は継続的に南へ移住していた
ダビデ王朝とエルサレム神殿を維持
✨ 統合後の南王国 ― すべての部族が含まれる
📖 新約聖書における12部族存続の証拠
🌟 神様の真実
「失われた10部族」という表現は人間の視点に過ぎません。
神様の視点からは、誰も失われていません。
北王国という政治的な「器」は滅びましたが、
信仰の民は南へ移り、そこで保存されました。



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