2026年1月2日の通読「誰に属しているか」という問い

聖書通読
スポンサーリンク

創世記47:21-27、第一歴代誌4-5章、マルコ14:51-72から学ぶ

2026年1月2日 デボーションノート

目次

はじめに

今日の通読箇所を読みながら、一つのテーマが浮かび上がってきました。それは「誰に属しているか」という問いです。エジプトの民がパロの奴隷となることを選び、ヤベツが神に向かって叫び、ルベンが長子権を失い、ペテロが主を三度否認する。これらすべてに共通するのは、「帰属」の問題です。

1. エジプトの民の選択 ― 所有を失い、命を得る

ヨセフの税制度(創世記47:21-26)

ヨセフは飢饉の中でエジプトの民を救い、その代わりに土地と民をパロのものとしました。収穫の五分の一(20%)を税として納め、五分の四(80%)は民のものとする制度を確立しました。

「あなたさまは私たちを生かしてくださいました。私たちは、あなたのお恵みをいただいてパロの奴隷となりましょう。」(創世記47:25)

古代世界における税率の比較

この20%という税率は、古代世界ではかなり軽いものでした。

  • エジプトの通常の税率:しばしば30-50%に達した
  • メソポタミア:収穫の三分の一が一般的
  • ローマ帝国後期:最大50%

霊的な型としての意味

この出来事を単純に「奴隷制の始まり」と見ることもできますが、ここには深い霊的な型が隠されています。民は自由と所有を失いましたが、命を得ました

私たちも同様です。自分の「自由」や「所有」を握りしめている限り、実は霊的な飢饉の中にいます。しかし、すべてを明け渡した時に、真の命を得るのです。パウロが「私はキリストの奴隷です」(ローマ1:1、ドゥーロス δοῦλος)と宣言したように。

2. ヤベツの祈り ― 名の呪縛を超えて

系図の謎

第一歴代誌4章でヤベツが登場しますが、興味深いことに父親の名前が明記されていません。ユダ族の系図の中に突然現れるこの人物について、著者は意図的に父親を省いたと考えられます。

「彼の兄弟たちよりも重んじられた」(נִכְבָּד מֵאֶחָיו – ニフバード・メエハーヴ)という表現は、血統ではなく信仰による栄誉を示しています。

名前の意味と祈り

ヤベツ(יַעְבֵּץ – ヤアベツ)という名は「悲しみ」「苦痛」(עֹצֶב – オツェブ)に関連しています。母親が「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と名付けました。

「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」(第一歴代誌4:10)

この祈りで最も重要な部分は「御手が私とともにあり」です。ヤベツが求めたのは物質的繁栄だけではなく、神の臨在でした。「悲しみ」という名の呪縛から解放されることを願い、神はそれを聞かれました。

これは、どんな出発点からでも、神に向かう者には希望があるというメッセージです。

3. 系図の中の「沈黙」― 神の目に記録される人生

歴代誌の系図を読んで気づくのは、ほとんどの名前について何も語られないということです。何千という名前が並び、その多くは名前だけ。生涯の業績も、信仰の歩みも記されません。

しかし突然、ヤベツのような人物が浮かび上がります。ここに慰めがあります。この世で有名になるかどうか、歴史に名を残すかどうかは、神の国では問題ではありません。しかし神に向かって祈った者、信仰によって歩んだ者は、神の書に記されるのです(黙示録20:12)。

ヤベツの祈りの構造

🙏 ヤベツの祈りの構造

第一歴代誌4:9-10の分析

「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。
御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて
私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」

第一歴代誌 4:10

名付けられた名前

יַעְבֵּץ
ヤアベツ
「悲しみ」「苦痛」

母が「悲しみのうちに産んだから」と
名付けた(עֹצֶב – オツェブから)

神による変革

נִכְבָּד
ニフバード
「重んじられた」

「兄弟たちよりも重んじられた」
信仰による栄誉

📖 ヤベツの4つの願い

第1の願い

「私を大いに祝福し」

אִם־בָּרֵךְ תְּבָרְכֵנִי

イム・バレーフ・テバレヘニ

「祝福する」が二回繰り返される強調形
神からの全面的な祝福を求めた
第2の願い

「私の地境を広げてくださいますように」

וְהִרְבִּיתָ אֶת־גְּבוּלִי

ヴェヒルビータ・エト・ゲブーリー

単なる土地の拡大ではなく
神の祝福の影響範囲の拡大
第3の願い【核心】

「御手が私とともにあり」

וְהָיְתָה יָדְךָ עִמִּי

ヴェハイェター・ヤデハー・イミー

これが祈りの核心
物質的祝福より神の臨在を求めた
第4の願い

「わざわいから遠ざけて苦しむことのないように」

וְעָשִׂיתָ מֵרָעָה לְבִלְתִּי עָצְבִּי

ヴェアシータ・メラアー・レビルティ・オツビ

「苦しみ」(עֹצֶב)は名前の由来と同じ語
名前の呪縛からの解放を求めた

🔑 ヤベツの祈りの核心

「御手が私とともにあり」

ヤベツが求めた最も重要なものは、物質的繁栄ではなく
神の臨在(神と共にいること)でした。
他のすべての願いは、この核心を囲むように配置されています。

📐 祈りの同心円構造

外側の願い①
祝福してください
内側の願い②
地境を広げてください
【核心】③
🤲 御手が私とともに
内側の願い④
わざわいから遠ざけて
外側の結果
苦しむことのないように

✨ 神の応答

「神は彼の願ったことをかなえられた」

第一歴代誌 4:10b

ヤベツは「悲しみ」という名前で始まりましたが、
神に向かって祈ることで、その運命を変えられました。

💝 私たちへの適用

  • どんな出発点(名前・環境・過去)からでも、神に向かう者には希望がある
  • 祝福を求めることは間違いではない。しかし核心は「神の臨在」を求めること
  • 名前や状況の「呪縛」は、神の力によって打ち破られる
  • 系図の中で無名だった人も、信仰によって「重んじられる」者となれる

4. 「バアルにまで及ぶ」― 地名としてのバアル

第一歴代誌4:33の「バアルにまで及ぶ」という表現について。ここでの「バアル」は偶像の名前ではなく、地名です。

「バアル」(בַּעַל)という語は「主人」「所有者」を意味し、古代カナンでは多くの地名に使われていました。

  • バアル・ペオル(民数記25章)
  • バアル・ヘルモン(士師記3:3)
  • バアル・ガド(ヨシュア11:17)
  • バアル・メオン(民数記32:38)

シメオン族の居住地が「バアル」という場所まで及んでいたということであり、元々カナン人がバアル神崇拝の場所として名付けた地名がそのまま残っていたのです。

5. 「ハム系の人々だったから静かで安らか」の意味

第一歴代誌4:40の表現について。「以前そこに住んでいた者はハム系の人々だったからである」とあり、その土地が「静かで安らか」だったと記されています。

これは以下のような意味を持つと考えられます。

  1. 戦闘的でなかった ― おそらくこの地域のハム系住民は、周囲の好戦的な部族と違って平和的だった
  2. 組織的な防衛がなかった ― 軍事的に弱く、イスラエル人が来た時に大きな抵抗ができなかった
  3. 良い牧草地を維持していた ― 争いがなかったため、土地が荒らされずに豊かだった

「静かで安らか」(שֹׁקֶט וּשְׁלֵו – ショケート・ウシェレーヴ)という表現は、その土地の状態を示しています。

6. ルベンの長子権喪失と三つの役割

「彼は長子であったが、父の寝床を汚したことにより、その長子の権利はイスラエルの子ヨセフの子に与えられた。」(第一歴代誌5:1)

罪の長期的結果

創世記35:22のビルハとの関係が、ここで再び言及されています。ルベンの罪は一時的な情欲でしたが、その結果は世代を超えて続きました。長子の祝福は永遠に失われたのです。

イスラエルにおける三つの役割

第一歴代誌5:1-2は、イスラエルにおける重要な役割分担を示しています。

  1. 長子の権利(בְּכֹרָה – ベホラー) → ヨセフの子孫(エフライムとマナセ)
  2. 王権・支配権(נָגִיד – ナギド) → ユダ族
  3. 祭司職 → レビ族

神の計画は人間の罪を超えて進みます。ルベンが長子権を失ったことで、ヨセフの子孫が二部族として数えられ、イスラエルは「十二」という完全数を保ちました。人間の失敗さえも、神の摂理の中に組み込まれているのです。

イスラエルの三つの役割

🏛️ イスラエルの三つの役割

長子権・王権・祭司職の分配

「ユダは彼の兄弟たちにまさる者となり、君たる者も彼から出るのであるが、長子の権利はヨセフに帰したからである」

第一歴代誌 5:2

ヤコブ(イスラエル)

יַעֲקֹב / יִשְׂרָאֵל
12人の息子から12部族が生まれる

ヤコブの12人の息子(生まれ順)

①ルベン ✗ ②シメオン ③レビ ④ユダ ⑤ダン ⑥ナフタリ ⑦ガド ⑧アシェル ⑨イッサカル ⑩ゼブルン ⑪ヨセフ ⑫ベニヤミン
👑
長子の権利
בְּכֹרָה(ベホラー)
ヨセフの子孫
二倍の相続分
エフライムとマナセの
二部族に分かれる
創世記48:5-6
🦁
王権・支配権
נָגִיד(ナギド)
ユダ族
ダビデ王朝
メシア(キリスト)の
系統
創世記49:10
🕎
祭司職
כְּהֻנָּה(ケフナー)
レビ族
神と民の仲介者
幕屋・神殿の奉仕
相続地なし
民数記3:12

⚠️ ルベンはなぜ長子権を失ったか?

ルベンは本来の長子でしたが、「父の寝床を汚した」(創世記35:22、ビルハとの関係)ことにより、 長子の権利を失いました(第一歴代誌5:1)。

一時的な罪が世代を超えた結果をもたらしました。 しかし神の計画は人間の失敗を超えて進み、ヨセフの子孫が二部族となることで 「十二」という完全数が保たれました。

🌅 終わりの時代における回復

エゼキエル書では「ユダの杖」と「ヨセフの杖」が
一つになる預言があります(エゼキエル37:15-22)

黙示録7章では十二部族すべてから
144,000人が印を押されます

分裂した王国の再統一と、失われた十部族の回復の約束

失われた十部族の回復

エゼキエル37:15-22では、「ユダの杖」と「ヨセフの杖」が一つになる預言があります。これは失われた十部族の回復と、分裂した王国の再統一を約束しています。黙示録7章でも十二部族すべてから144,000人が印を押されることが記されており、終わりの時代における完全な回復が示唆されています。

7. ペテロの涙と回復 ― 裁きではなく恵み

「思い当たった」という瞬間

マルコ14:72で「思い当たったとき」(ἐπιβαλὼν – エピバローン)という非常に珍しい表現が使われています。「投げかける」「突入する」という動詞で、解釈が分かれます。

  1. 「それに思いを向けて」(思い出して)
  2. 「外に飛び出して」(場所を離れて)
  3. 「泣き崩れて」(感情が爆発して)

いずれにしても、突然の衝撃を示しています。

鶏の鳴き声という恵み

鶏の鳴き声は裁きではなく恵みでした。もし鶏が鳴かなければ、ペテロは自分が何をしたか気づかずに、さらに深みにはまっていたかもしれません。しかし鶏の声が、イエス様の言葉を思い出させました。

神は私たちの人生にも「鶏の鳴き声」を置いてくださいます。それは、罪から引き戻すための愛の警告です。

ユダとペテロの違い

イスカリオテのユダとペテロ、両者とも主を裏切りました。しかしペテロは神の憐れみに向かい、ユダは絶望に向かった。この違いが、その後の人生を決定づけました(ヨハネ21章でペテロは回復されます)。

ペテロとユダの比較

⚖️ ペテロとユダの比較

二人の弟子、二つの結末

共通点:二人とも主を裏切った

🔹 イエス様の弟子だった 🔹 三年間共に歩んだ 🔹 最後の晩餐に同席 🔹 主を裏切る行為をした

ペテロ

Πέτρος(ペトロス)

裏切りの内容

三度の否認
「あの人を知らない」と言った

きっかけ

女中や周囲の人々からの問いかけ
恐れによる否認

転機

鶏の鳴き声を聞いた時
イエス様の言葉を思い出した

「それに思い当たったとき、彼は泣き出した」 マルコ14:72

その後の行動

神の憐れみに向かった
悔い改めて主のもとに戻った

✝️
回復・教会のリーダーに
ヨハネ21章

イスカリオテのユダ

Ἰούδας Ἰσκαριώτης

裏切りの内容

銀貨30枚で売り渡した
接吻で敵にイエスを示した

きっかけ

祭司長たちとの取引
貪欲による計画的裏切り

転機

イエス様が有罪とされた時
後悔した(悔い改めではない)

「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして」 マタイ27:4

その後の行動

絶望に向かった
銀貨を投げ捨て、自ら命を絶った

💀
自殺・滅び
マタイ27:5

🔑 決定的な違いは何だったか?

二人とも罪を犯した。二人とも後悔した。

しかし、その後の「向かう方向」が違った。

ペテロは神に向かい、ユダは自分に向かった

📊 二つの道

罪を犯す
悔い改め
神の憐れみを求める
神に向かう
主のもとに戻る
回復と祝福
罪を犯す
後悔
自責の念に苛まれる
絶望に向かう
赦しを求めない
滅び

💝 私たちへの適用

私たちも失敗します。罪を犯します。

問題は「失敗したかどうか」ではありません。

失敗の後、どこに向かうかが人生を決める

「神の憐れみに向かう道」は、いつでも開かれています。
鶏の鳴き声(神からの警告)を聞いたなら、
ペテロのように主のもとに戻りましょう。

8. 「今日もそのままである」― 継続する歴史

歴代誌に何度も出てくる表現が印象的です。

  • 4:41「彼らを聖絶した。今日もそのままである
  • 4:43「そこに住んだ。今日もそのままである
  • 5:26「彼らをハラフと…に連れて行った。今日もそのままである

これは歴史が現在に続いているということを示しています。過去の出来事は、単なる過去ではありません。その結果は「今日」も続いているのです。

聖書の歴史は「昔話」ではなく、今も進行中の神の計画の一部です。だからこそ「エルサレムの平和のために祈れ」という命令は、今日も有効なのです。

結論:「帰属」の問題

今日の通読を通して浮かび上がったテーマは、「いくら取られるか」ではなく「誰に属しているか」ということです。

エジプトの民は「パロの奴隷となりましょう」と言いました。彼らはパロに属することを選びました。私たちクリスチャンは、キリストに属しています。だから、税金も献金も、キリストに属する者として支払います。

ローマ13章でパウロが「税を納めるべき者には税を納めなさい」と言ったのも、この文脈です。国家への義務を果たしつつ、しかし究極的には神の国の民として生きる。この二重の帰属を生きることが、この世に遣わされたクリスチャンの召しなのです。

「私はキリストの奴隷です」(ローマ1:1)

「誰に属しているか」- 通読箇所の統合図

🔗 「誰に属しているか」

今日の通読箇所を貫く一つのテーマ

2026年1月2日 通読ノート

今日の中心テーマ

「あなたは誰のもの?」

大切なのは「何を持っているか」「どんな過去があるか」ではない。
「誰に属しているか」が、私たちの人生を決める。

📖 創世記47:21-27 📖 第一歴代誌4-5章 📖 マルコ14:51-72

📚 4つのストーリー、1つのテーマ

エジプトの民

創世記47:21-26

大飢饉で食べ物がなく死にそうだった。ヨセフに救われ、土地と自由を差し出した。

属した先 パロの奴隷
結果:自由を失ったが、命を得た。収穫の80%は自分たちのものとして残された。

ヤベツ

第一歴代誌4:9-10

「悲しみ」という名前を付けられ、呪われたスタートだった。しかし神に向かって祈った。

属した先 イスラエルの神
結果:名前の呪縛から解放され、「兄弟たちよりも重んじられた」者となった。

ペテロ

マルコ14:66-72

恐れから三度「イエスを知らない」と否認。鶏の声を聞いて泣いた。

向かった先 神の憐れみ
結果:完全に回復され、教会のリーダーとなった(ヨハネ21章)。回復と祝福

ルベン

第一歴代誌5:1

本来の長子だったが、「父の寝床を汚した」一時的な罪を犯した。

帰属の喪失 長子権を失う
結果:長子の権利は永遠に失われた。しかし神の計画は人間の失敗を超えて進んだ。

🔄 共通するパターン

困難な状況
飢饉・呪い・恐れ・罪
決断:誰に向かうか
帰属による結果
命・祝福・回復

⚖️ 二つの道

✅ 神に向かう道 ❌ 絶望に向かう道
代表例 ペテロ、ヤベツ、エジプトの民 ユダ、(ルベンの警告)
罪の後 悔い改めて神に戻る 後悔だけで終わる
視線の先 神の憐れみ・赦し 自分の罪・失敗
結果 回復・祝福・新しい人生 絶望・滅び

「キリスト・イエスのしもべパウロ」

ローマ人への手紙 1:1

「しもべ」(δοῦλος ドゥーロス)は「奴隷」の意味。
パウロはキリストに属することを最高の誇りとした。

💝 今日の適用

🌅 出発点は問題ではない

ヤベツのように「悲しみ」という名前でも、神に向かえば変えられる。過去や環境ではなく、今どこに向かうかが大切。

🔔 警告を恵みとして受け取る

ペテロにとっての「鶏の鳴き声」。神は愛ゆえに私たちを引き戻してくださる。

💰 所有より帰属

エジプトの民は所有を失ったが命を得た。私たちも、すべてを明け渡す時に真の命を得る。

🔄 失敗は終わりではない

ペテロは三度否認しても回復された。問題は失敗したかどうかではなく、その後どこに向かうか。

📌 今日の結論

「誰に属しているか」が人生を決める

税金の額も、過去の失敗も、生まれた環境も、
究極的には問題ではありません。

私たちがキリストに属しているなら、
すべてのことは神の計画の中で働き、
最終的には祝福へと導かれます。

あなたは今日、誰に属していますか?

今日の通読箇所

  • 創世記47:21-27
  • 第一歴代誌4-5章
  • マルコ14:51-72
あなたは誰のもの?|ユキ(友喜)
聖書が教える「帰属」のメッセージ 創世記・歴代誌・マルコの福音書から はじめに 今日は、聖書を読みながら「私たちは誰に属しているのか」ということについて考えてみたいと思います。 難しいことは抜きにして、聖書が伝えたいシンプルなメッセージを一...


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

世界は聖書でできている [ 高原 剛一郎 ]
価格:1,760円(税込、送料無料) (2026/1/1時点)


スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました