賛美者ダビデが教える – 人生の嵐の中で主を賛美する方法

聖書の名言集

副題:詩篇に学ぶ、苦難の中での本物の礼拝

導入:嵐の真っただ中で歌った男

「主は私の巌、私のとりで、私を救う方、身を避ける私の岩、私の神。私の盾、私の救いの角、私のやぐら。」(詩篇18:2)

この力強い賛美の言葉を書いたダビデは、どこで、いつ、この詩を歌ったのでしょうか。

詩篇18篇の前書きにはこう記されています。「主が、彼のすべての敵の手、特にサウルの手から救い出された日に」。

つまり、これは嵐が過ぎ去った「後」の賛美です。しかし、ダビデの詩篇を読むと驚くべきことに気づきます。彼は嵐の「最中」にも賛美していたのです。

サウルから逃げ、洞窟に隠れている時も。 息子アブシャロムに裏切られ、裸足で都を逃げる時も。 罪を犯し、神の裁きを受けている時も。

ダビデは人生の嵐の中で、どうやって主を賛美することができたのでしょうか?

今日は、賛美者ダビデの詩篇から、私たちが人生の嵐の中で主を賛美するための実践的な方法を学びたいと思います。

ダビデの人生の嵐

ダビデの人生を振り返ると、彼がどれほど多くの嵐を経験したかがわかります。

突然の変化と混乱

ダビデは末っ子の羊飼いでした。誰も注目しない、静かな日々を送っていました。ところが突然、預言者サムエルが現れ、彼に油を注ぎました。「あなたが次の王だ」と。

想像してみてください。昨日まで羊の世話をしていた若者が、突然「王になる」と告げられる。これは祝福であると同時に、人生を根底から揺るがす大きな変化でした。

サウルの執拗な迫害

ゴリアテを倒し、英雄となったダビデ。しかし、それが妬みを生みました。サウル王は何度もダビデを殺そうとしました。

ダビデは何も悪いことをしていません。むしろ、イスラエルのために戦い、サウルに忠実に仕えました。それなのに命を狙われる。この理不尽な迫害は何年も続きました。

息子の裏切り

王になった後も、嵐は続きました。愛する息子アブシャロムがクーデターを起こし、ダビデは都エルサレムから逃げることになりました。

第二サムエル記15章30節、その時のダビデの姿が記されています。「ダビデはオリーブ山の坂を上った。上りながら泣き、頭をおおい、はだしで歩いた」

父として、王として、これほど辛い試練があるでしょうか。

自分の罪の結果

バテシェバとの姦淫の罪。それに続くウリヤの殺害。ダビデは深刻な罪を犯しました。そして、その結果を刈り取りました。生まれた子どもの死。家族の不和。

これは外からの嵐ではなく、自分の罪が引き起こした嵐でした。

このような様々な嵐の中で、ダビデはどうやって主を賛美したのでしょうか?

嵐の中での賛美の実例 – 詩篇から学ぶ

ダビデの詩篇を読むと、彼がどのように嵐の中で賛美していたかが見えてきます。

詩篇3篇 – 逃亡中の朝の賛美

「ダビデの賛歌。彼がその子アブシャロムからのがれたとき」という前書きがついています。

「主よ。私の敵は何と多いのでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。多くの者が私のたましいのことを言っています。『彼には、神の救いはない』と。しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。」(詩篇3:1-5)

注目してください。ダビデは現実から目をそらしていません。「敵は多い」「立ち向かう者がいる」「神の救いはないと言われている」と、状況をそのまま認めています。

でも、そこで終わらないのです。「しかし、主よ」と、視点を主に移します。

そして驚くべきことに、「私は身を横たえて、眠る」と言うのです。息子に裏切られ、都から逃げている最中なのに、眠れる。なぜなら「主がささえてくださるから」。

これが嵐の中での賛美です。状況を無視するのではなく、状況を認めた上で、主により頼むのです。

詩篇34篇 – 死の恐怖の中での賛美

「ダビデによる。彼がアビメレクの前で気が狂ったかのようにふるまい、追放されて去ったとき」

これは第一サムエル記21章の出来事です。ダビデはサウルから逃げて、敵国ペリシテのガテに行きました。しかし、そこでも命の危険を感じ、気が狂ったふりをして逃げ出しました。

屈辱的で、恐ろしい経験でした。

その時に書いた詩篇34篇を読むと:

「私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。」(詩篇34:1-4)

「あらゆる時に主をほめたたえる」。気が狂ったふりをして逃げた恥ずかしい時でさえも。

そして「私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった」。

ダビデは恐怖の中で主を求め、主が答えてくださった経験を持っていました。だから、次の嵐が来ても、また主を賛美できるのです。

詩篇57篇 – 洞窟の中での賛美

「ダビデのミクタム。サウルを避けてほら穴にいたとき」

「神よ。私をあわれんでください。私をあわれんでください。私のたましいはあなたに身を避けています。まことに、滅びが過ぎ去るまで、私は御翼の陰に身を避けます。私はいと高き方、神に呼ばわります。私のために、すべてを成し遂げてくださる神に。…神よ。あなたは天であがめられ、あなたの栄光は全地をおおっています。…私の心は揺るぎません。神よ。私の心は揺るぎません。私は歌い、ほめ歌を歌いましょう。」(詩篇57:1-2, 5, 7)

洞窟の中、暗闇の中で、ダビデは「私の心は揺るぎません」と宣言します。そして「私は歌い、ほめ歌を歌いましょう」と。

状況は何も変わっていません。まだサウルに追われています。まだ洞窟の中です。

でも、ダビデの心の中では、すでに主が勝利しておられるのです。

詩篇51篇 – 罪の悔い改めの中での賛美

「ダビデの賛歌。彼がバテ・シェバのところに入った後、預言者ナタンが彼のところに来たとき」

これは自分の罪を犯した後の詩篇です。外からの嵐ではなく、自分の罪という嵐です。

「神よ。御恵みによって、私に情けをかけ、あなたの豊かなあわれみによって、私のそむきの罪をぬぐい去ってください。どうか私の咎を、私から全く洗い去り、私の罪から私をきよめてください。まことに、私は自分のそむきの罪を知っています。私の罪は、いつも私の目の前にあります。…神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩篇51:1-3, 17)

ダビデは言い訳をしていません。罪を隠そうともしていません。完全に正直に、「私は罪を犯しました」と告白しています。

そして、神様のあわれみに訴えています。

この正直さこそが、嵐の中での賛美の鍵なのです。

嵐の中で賛美する5つの方法

ダビデの詩篇から、私たちが実践できる5つの方法を学びましょう。

1. 正直に叫ぶ – 現実を主の前に持っていく

ダビデの詩篇の多くは「嘆きの詩篇」です。彼は主の前で正直でした。

「主よ、どうして?」 「いつまでですか?」 「私を見捨てたのですか?」

ダビデは感情を押し殺しませんでした。怒り、悲しみ、恐怖、混乱—すべてを主の前に持っていきました。

本物の賛美は、偽りの笑顔から始まるのではありません。正直な叫びから始まるのです。

詩篇13篇を見てください:

「主よ。いつまでですか。あなたは私を永久にお忘れになるのですか。いつまで御顔を私からお隠しになるのですか。いつまで私は自分のたましいのうちで思い計らなければならないのでしょう。私の心には日々悲しみがあります。いつまで敵が私の上に高ぶるのでしょう。」(詩篇13:1-2)

これが正直な叫びです。そしてこの詩篇は、最後にこう結ばれます:

「しかし、私は、あなたの恵みに拠り頼みました。私の心はあなたの救いを喜びます。私は主に歌を歌います。主が私を豊かにあしらわれたゆえ。」(詩篇13:5-6)

正直な叫びから、信頼の賛美へ。これがダビデのパターンです。

2. 主のご性質を思い起こす – 「しかし、主よ」と言う

詩篇3篇で見たように、ダビデは状況を認めた後、「しかし、主よ」と言います。

状況から目を離し、主に目を向けるのです。

嵐の中で、私たちは状況に圧倒されます。問題が大きく見え、神様が小さく見えます。

でも、真理はその逆です。神様は無限に大きく、問題は有限です。

ダビデは主のご性質を思い起こします:

「あなたは私の回りを囲む盾」(詩篇3:3) 「あなたは私の岩、私のとりで」(詩篇18:2) 「あなたは私の羊飼い」(詩篇23:1) 「あなたは私の光、私の救い」(詩篇27:1)

主がどのような方であるかを思い起こす時、状況は変わらなくても、私たちの心が変わります。

3. 過去の恵みを数える – 「主が良くしてくださったこと」を思い出す

詩篇103篇2節は言います:「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」

ダビデは過去を振り返ります。主がどのように助けてくださったか。どのように守ってくださったか。

詩篇34篇で、ダビデは「私が主を求めると、主は答えてくださった」と過去形で語ります。過去の経験が、現在の信仰を支えるのです。

実践的には:

  • 祈りの日記をつける
  • 答えられた祈りを記録する
  • 主の恵みのリストを作る

嵐の中で、これらを読み返すのです。「主は以前も助けてくださった。今回も助けてくださる」と。

4. 信仰の宣言をする – まだ見えていなくても宣言する

詩篇57篇で、ダビデは洞窟の中で宣言しました:「私の心は揺るぎません」

状況は揺るいでいました。でも、心は揺るがない。

これは信仰の宣言です。まだ救出されていません。まだ危険の中です。でも、信仰によって宣言するのです。

詩篇27篇13-14節:

「私は信じています。生ける者の地で主のいつくしみを見ることを。主を待ち望め。強くあれ。雄々しくあれ。主を待ち望め。」

「私は信じています」— 過去形ではなく、現在形です。今、この瞬間、信じている。

そして自分自身に命じています:「主を待ち望め。強くあれ。雄々しくあれ」

信仰の宣言は、感情に左右されません。真理に基づいて、意志をもって宣言するのです。

5. 感謝を選び取る – まだ見えていなくても感謝する

これが最も難しい方法かもしれません。まだ答えが見えていないのに、感謝する。

でも、ダビデはこれを実践していました。

詩篇34篇1節:「私はあらゆる時に主をほめたたえる」

「良い時に」ではありません。「あらゆる時に」です。

第一テサロニケ5章16-18節:「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい」

「すべての事のために」ではなく、「すべての事について」感謝する。

嵐そのものに感謝するのではありません。でも、嵐の中でも、主が共におられること、主が真実であること、主の計画は良いことを信じて感謝するのです。

感謝は信仰の表現です。まだ見えていなくても、主を信頼する選択です。

ダビデが賛美できた根本的な理由

ここまで5つの方法を見てきましたが、ダビデが嵐の中で賛美できた根本的な理由は何でしょうか?

それは、主との親密な関係です。

ダビデは若い頃から、誰も見ていない野原で、主と対話していました。羊を飼いながら、主を賛美し、主に語りかけ、主の声を聞いていました。

その日々の積み重ねがあったから、嵐の時も主を賛美できたのです。

第一サムエル記16章で、サウルを癒したダビデの竪琴について学びました。その力の源は、日々の主との交わりでした。

嵐が来てから慌てて主を求めるのではなく、日々主との関係を深めておく。これが何よりも大切です。

そして、もう一つ。

ダビデは主を信頼していました。完全に。

たとえ自分が理解できなくても。 たとえ状況が悪く見えても。 たとえ答えが遅れても。

ダビデは知っていました。主は真実な方であると。主のご計画は良いものであると。

詩篇37篇3-5節:

「主に信頼し、善を行え。地に住み、誠実を養え。主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」

結び – 嵐は永遠ではない、主は永遠である

友よ、あなたは今、人生の嵐の中にいるでしょうか?

サウルのような理不尽な迫害を受けているでしょうか? 愛する人の裏切りに苦しんでいるでしょうか? 自分の罪の結果に苦しんでいるでしょうか? 将来への不安で眠れない夜を過ごしているでしょうか?

ダビデの詩篇は、あなたのためにも書かれています。

嵐の中で、あなたも主を賛美することができます。

それは、状況を無視することではありません。 感情を押し殺すことでもありません。 偽りの笑顔を作ることでもありません。

それは:

  • 正直に叫び
  • 主のご性質を思い起こし
  • 過去の恵みを数え
  • 信仰の宣言をし
  • 感謝を選び取ること

そして何よりも、日々主との親密な関係を深めることです。

嵐は永遠ではありません。でも、主は永遠です。

ダビデが経験したすべての嵐は、やがて過ぎ去りました。そして主は、ダビデをイスラエルの最も偉大な王としてくださいました。

でもそれ以上に、主はダビデを「わたしの心にかなった者」(使徒13:22)と呼んでくださいました。

あなたも、嵐の中で主を賛美する時、主の心にかなう者となるのです。

詩篇30篇5節:

「まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」

あなたの朝は必ず来ます。

その日まで、そしてその日が来ても、主を賛美し続けましょう。

ダビデのように。


祈り

主よ、私たちに賛美者ダビデの心を与えてください。嵐の中でも、あなただけを見上げる信仰を与えてください。正直に叫ぶ勇気を、あなたのご性質を思い起こす知恵を、過去の恵みを数える習慣を、信仰の宣言をする大胆さを、そして感謝を選び取る意志を与えてください。日々あなたとの親密な関係を深めることができますように。私たちの賛美が、あなたの心にかなうものでありますように。アーメン

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