聖書の名言 愛 英語有 ヤハウェのヘブライ語の意味にも愛がある。

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キリストの花嫁ヘブライ語

聖書の名言から 真実の愛を知ることができます。それはヤハウェのヘブライ語の意味にあります。

この内容は聖書が語る愛の紹介をテーマに一度、投稿したのですが、聖書をまだ知らない方には不思議な内容になっているので削除し訂正して新たに一般的に伝わりやすい内容で投稿したものがあります。

こちらも心を込めて書いた、とても大切な投稿です。未信者の方のためのものです。

聖書の名言集 「愛」に関する聖書の短いおすすめ名言
初めて聖書を読むあなたへ 聖書は神の言葉です。聖書は全てが愛です。膨大で、深くて、 どんなに突き詰めて探求しても知り尽くせない愛の名言集です。 ずっと前の日に心に響いた名言が、今はもっと深く輝いて響くのはよくあることです。...

しかし、聖書を学ぶ中で、もう一歩踏み出そうとするクリスチャンの為に、

クリスチャンになってから、慢心してしまっていたあの日の私のような方に目覚めてほしいという思いを込めて、元の投稿もやはり大切だと確信するので内容を加えて再度投稿します。

これを読まれたあなたに、聖書が語る愛をお伝えすることができていたなら嬉しいです。

 

①聖書の名言 愛 英語有 ヤハウェのヘブライ語の意味にも愛がある。

創世記のはじめから神様は、ご自分の命を捨てて「あなたを愛する。」とお名前の中で語り、

聖なる決意に満ちておられるのです。どういう意味かといいますと、

ラテン語で「主」の部分の発音がヤハウェとなりますが、これは神である主のお名前です。

実は主のお名前自体が愛を語っていたのです。

#発音のセクションで述べたとおり、今日、学術的に推定される読みである。ラテン文字で書くとYahweh。中沢洽樹による旧約聖書[20]では「ハ」を小書きにしたヤㇵウェが用いられている。

旧約聖書は、イエス様が地上にお生まれになる前の書物ですが、

その旧約聖書にイエス様の、この愛が語られていたのです。

ヤハウェとは主の固有名詞であり、新改訳聖書において太字の「主」と記されている箇所が「ヤハウェ」にあたります。詳しくは聖書の「あとがき」をお読み下さい。

「名は体を表す」と言う言葉もある様に、主の御名は主ご自身がどの様なお方であるかを啓示するとても重要なものです。

またこのヤハウェ(יהוה)と言う文字を構成するヘブル語の一つ一つの意味を合わせると

「手を見なさい。釘を見なさい。」

と言う意味となり、ヤハウェの名の中に父なる神の心をこの地に現す、主イエス・キリストが啓示されている事がわかります。

福音書の中で主イエスが「それはわたしです。」(ヨハネの福音書18:6)と言われた時、まさに初めからヤハウェなる神と共におられ、父と御子は一つである、主イエスの神としての永遠性が宣言されたのです。

ヤハウェなる主(出エジプト記5.6章) : 新宿シャローム教会 Shinjuku Shalom Church

新宿シャローム教会 富田慎吾師によるマナメールより

この記事を読んで、世のはじめから、主なる神は、「命をかけて、あなたを守る、あなたを救う」と言ってくださっていたと私は受け取り感謝しました。

創世記2章2節に初めて出てくる太文字の「」はヤㇵウェで、その意味は主イエスが、十字架につけられた時両腕に打ち込まれた釘の痕です。

(ヤハウェには他にも「私はある、というものである」「それはわたしです」という意味もあります。漢字も深い意味を持ちますが、ヘブル語は一つの単語でたくさんの意味を持つ、芸術的な言語です。王であり祭司である主のしもべ達の祈りと研究により、ヘブル語からもっともっと啓示が開かれ、神様の奥義が人類に解き明かされていくように私は願っています。)

事を隠すのは神の誉であり、
事を窮めるのは王の誉である。

 It is the glory of God to conceal a thing: but the honour of kings is to search out a matter.

(箴言25:2)

②聖書の名言 愛 英語有 ヤハウェのヘブライ語の意味にも愛がある。

主の十字架




主のお名前に隠された真理から、十字架を常に見上げなさいと言われていると私は受け取ります。

「私の命をすてても、あなたを救うために、十字架に釘付けられた。

強いられてではなく、殺されたのでもなく、私自ら進んで十字架にかかった。

あなたを愛しているからだ、信じる者が罪赦され永遠の命を持つためだ。」

と主イエスの声が聞こえてきました。

ここに愛があると知った時、涙が溢れました。

ここに、たとえどんな時でもあらゆる時に私には、神に感謝する理由があります。

(יהוה) この主(ヤハウエー)というヘブル語の文字には発音記号が付いていません。

ユダヤ人は、主の聖さの故に聖い恐れをもって発音することさえしませんでした。

「アドナイ」と読み替えています。

ヤハウエーはアドナイと同じ意味になります。

象形文字であるヘブライ語で書かれた聖四文字と言われる神のみ名ヤハウエーを分解すると

「手を見なさい。釘を見なさい。」です。

 

③聖書の名言 愛 英語有 自分の友の為に命を捨てる愛

み言葉の泉と十字架

 

人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。

 Greater love hath no man than this, that a man lay down his life for his friends.

(ヨハネ15:13)

え?いきなり怖!と思われるでしょうか? 安心してください。

実は真実に愛の為に命を捨てたのは私達ではなく、イエス様です。

(もちろん殉教者も大勢おられます)

 

これが聖書が語る主イエスの愛です。

主イエスは、信じる私たちを友と呼んでくださって、私たちの為に愛をもって自ら十字架で命を捨ててくださいました。

いいえ それ以上です。

 5:6わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。 5:7正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。 5:8しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。

5:6 For when we were yet without strength, in due time Christ died for the ungodly.
5:7 For scarcely for a righteous man will one die: yet peradventure for a good man some would even dare to die.
5:8 But God commendeth his love toward us, in that, while we were yet sinners, Christ died for us.

(ローマ5:6-8)

主の愛の言葉を聞かず、聞かないから理解できず、主を信じていると言いながら、主に従えず弱く、神に敵対する罪人だった私の為にも、主イエスは私の罪の身代わりになって、十字架で命を捨ててくださったと言うことです。

私は思います。

意見が合う人、好意的な人の為にはあるいは人は犠牲を払うことが出来るかもしれません。

しかし、人は知らず知らずのうちに、考えが違う人に対しては、相手を理解できず浅はかにも攻撃的になったり、相手の自由意思を踏みにじり、自分の正しさを押し付けるのではないでしょうか。

聖書にしてはならないと書いてある、不品行や、偶像礼拝、自然の摂理に逆らうことに対しては妥協できません。

しかし本当に肉体的に死ぬという意味ではなく、一呼吸置き、自分こそ正しいという感情的な自己中心に死んで、相手の意見を尊重し、異質同士でも調和しようと工夫するなら、その友の為に命を捨てることになるのだと思います。

私たちの周りにはこういう状況がしばしばあるのではないかと思います。

④聖書の名言 愛 英語有 愛がなければ全てが空しい。

 

 13:3たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。

 And though I bestow all my goods to feed the poor, and though I give my body to be burned, and have not charity, it profiteth me nothing.

(第一コリント13:3)

礼拝のメッセージで、牧師夫人が

「理不尽に揶揄されたり、そしられたりした時、

それでもその人を心から愛することが出来るでしょうか、

それが主に従い、自分に与えられた十字架を負うと言うことなのです。

自分に死ぬと言うことなのです。

人にはなかなかできないものです。私もできません。」と言われました。

確かに私にもできません。

わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。

(ヨハネ13:34)

聖餐式は大切です。聖日に礼拝に出席することは大切です。

しかし聖餐式や聖日礼拝は必死に守ろうとするけれど、

この新しい主イエスの戒めは、守らなくていいのでしょうか?

私は聖餐式や聖日礼拝という儀式よりも「互いに愛し合う」こちらの方が大切だと思います。

 

互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」。

(ヨハネ13:35)

この戒めはクリスチャンであるしるしだと、主イエスは言われているのです。

ここまで言われているのに、「出来ない」から十字架を負って行けるように祈らなくていいのでしょうか?

主イエスが「互いに愛しなさい」と言われた戒めを守ろうともしないのでしょうか?

主イエスは、私達の力ではできないことは、はじめからご存じで、それでも

この戒めをくださいました。

出来ないなら、十字架を負わさせてください、愛する力を与えてくださいと祈る必要があるのではないでしょうか。

主イエスと私たちは、どんなことでも素直に祈れる間柄ではなかったのでしょうか?

現実は。。。

大切な仲間であるはずの者同士でもひとたび意見が違うと、

批判の対象になり、共食いのような状況になっているのではないでしょうか?

その様な状況になっているのを見てとりなしの祈りもせずに批判することも、

また自分だけを生かしていることになっています。

そのような時、傷ついて、尾を引いてしまったら、サタン(悪魔)の思うつぼです。

これは声を大にして自分に言い聞かせています。

⑤聖書の名言 愛 英語有 そもそも愛とは

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13:4愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、 13:5不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。 13:6不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 13:7そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
13:8愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
13:4 Charity suffereth long, and is kind; charity envieth not; charity vaunteth not itself, is not puffed up,
13:5 Doth not behave itself unseemly, seeketh not her own, is not easily provoked, thinketh no evil;
13:6 Rejoiceth not in iniquity, but rejoiceth in the truth;
13:7 Beareth all things, believeth all things, hopeth all things, endureth all things.
13:8 Charity never faileth: but whether there be prophecies, they shall fail; whether there be tongues, they shall cease; whether there be knowledge, it shall vanish away.

(Ⅰコリント人への手紙13章4節から8節)

この愛の個所を自分の名前に置き換えると分かるのです。

「ピンクのバラの花ことばは、前向き肯定的な言葉ばかりです。」

聖書の名言 証 分かち合い ピンクのバラ 花ことばは、前向き肯定的な言葉
お花は、見ているだけで癒されます。その優しい香りで、気力が湧いてきます。良かった探しが出来たり、感謝な思いで満たされたりしたことを投稿した時は、なんとなくアイキャッチ画像にピンクのバラを使用していたのですが、なんとピンクのバラの花ことばはそ...

というタイトルの投稿で、この「私に愛はありますかゲーム」を紹介したのですが、

友喜は寛容であり、友喜は親切です。また人をねたみません。友喜は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、
不正を喜ばずに、真理を喜びます。
すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。
愛は決して絶えることがありません。預言ならすたれます。異言ならやみます。知識ならすたれます。

無理です、利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めずって・・・

誰がそんなことが出来るのでしょうか。

これができると思える方は、もしかしたら、

どうしても愛せない場面に遭遇していないからかも知れません。

罪を犯さないでいられたのは、そういう状況下に置かれていなかっただけのことかも知れません。

では、どうしたらいいのでしょうか?

⑥聖書の名言 愛 英語有 主イエスにつながることに解決があります。

答えは、ヨハネの福音書15章4節に、主イエスご自身が与えてくださっていました。

 15:4わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。 15:5わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。 

15:4 Abide in me, and I in you. As the branch cannot bear fruit of itself, except it abide in the vine; no more can ye, except ye abide in me.
15:5 I am the vine, ye are the branches: He that abideth in me, and I in him, the same bringeth forth much fruit: for without me ye can do nothing.

(ヨハネ15:4-5)

主イエス自身も、父なる神にとどまって、養分をたくさんいただいて、愛の実を結んでいたので、

死を前にしても喜びを持っておられました。

それだから、いかなる時も、父なる神の愛を確信していました。

同じ愛をもって私たちを愛してくださいました。

この愛を受けて、私たちも主の内にいる時に、

喜びが満ち溢れ、主が私たちを愛してくださったように、

お互いに愛し合うことが出来るのだと聖書は言っています。

 

15:9父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛したのである。わたしの愛のうちにいなさい。 15:10もしわたしのいましめを守るならば、あなたがたはわたしの愛のうちにおるのである。それはわたしがわたしの父のいましめを守ったので、その愛のうちにおるのと同じである。 15:11わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。
15:12わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。
15:9 As the Father hath loved me, so have I loved you: continue ye in my love.
15:10 If ye keep my commandments, ye shall abide in my love; even as I have kept my Father’s commandments, and abide in his love.
15:11 These things have I spoken unto you, that my joy might remain in you, and that your joy might be full.
15:12 This is my commandment, That ye love one another, as I have loved you.

 

私たちは主を離れては、なにも成し得ない者だと自覚することが必要です。

海外には多くのクリスチャンがいますが、

日本には少ないので、日本人にはこの考え方が新しいかもしれません。

海外でクリスチャンと交流を持ったことのある方は思い当たるかもしれません。

日本人は普通、私とあなたとの関係で、「私はあなたを愛します。」と言いますが

クリスチャンは、私とあなたとの間に神様を置きます。

「主にあってあなたを愛します。」と言います。

それはこういうことから来ています。

自分の不完全さ、弱さ足りなさを主にあって自覚しているからです。

実は、人とは自分の弱さ不完全ささえ自分では、なかなか理解できないものです。

だから大切な相手こそ、主にあって愛します。

良い友と交流すれば、友の良いところを知らずに吸収します。

それならばなおさらのこと、私達を友と呼んでくださる神である主イエスと交流を持てば、

主イエスの良いところを吸収できます。

また主イエスが助けてくださいます。

みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、

According as he hath chosen us in him before the foundation of the world, that we should be holy and without blame before him in love:
(エペソ1:4)

 

⑦聖書の名言 愛 英語有 あなたは高価で尊い

いろんな色の宝石

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忘れないでください。あなたは高価で尊い、と神様がおっしゃってくださっています。

イエス様の十字架が表されている主のお名前を思う時、

「あなたを守る、あなたを救う。」と神様はイエス様が地上にお生まれになるずっとずっと前、

さらに人類の歴史が始まるずっと前、

創世記のはじめから私たちを覚えて決意されて語っておられています。

私は、あなたは愛されています。

今、自分は価値がないと感じている方はおられますか?

あなたには宝石や金より効果で尊い価値があります。

聖書がその根拠を示しています。

何といっても、天地万物を創造された主なる神が、言われるのです。

あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの、
わたしはあなたを愛するがゆえに、
あなたの代りに人を与え、
あなたの命の代りに民を与える。

 Since thou wast precious in my sight, thou hast been honourable, and I have loved thee: therefore will I give men for thee, and people for thy life.

(イザヤ43:4)

それではどのくらい価値があるのでしょうか。

何一つ罪を犯されなかった神の御子イエス様が

罪人の私たちの身代わりに、十字架にかかりご自分の命を捧げられたほどです。

 

だからあなたは、とても高価な価値があり愛されているのです。

そして私も愛されています。神様の大切な存在です。

ハレルヤ アーメン \(^o^)/

 

聖書の名言 愛 英語有 悔い改めよ、天国は近づいた。

 

「悔い改めよ、天国は近づいた」。

And saying, Repent ye: for the kingdom of heaven is at hand.

(マタイ3:2)

預言者イザヤによって、

「荒野で呼ばわる者の声がする、
『主の道を備えよ、
その道筋をまっすぐにせよ』」

と言われたのは、この人のことである。

For this is he that was spoken of by the prophet Esaias, saying, The voice of one crying in the wilderness, Prepare ye the way of the Lord, make his paths straight.

(マタイ3:3)

悔い改めるべきは私です。心の貧しさを覚えます。

私こそ主よあなたが必要です。

私達は自ら悔い改め、それだけではなく

バプテスマのヨハネのように、荒野で呼ばわる者の声となっていくことが出来ますように。

来るべき携挙の日には、共に主イエスの元に参りましょう。

黙示録7章が私たちの集合場所です。

(これも声を大にして自分にも言い聞かせています。)

聖書の名言 愛 英語有 婚宴と婚姻

キリストの花嫁




婚宴と婚姻は違います。

19:7わたしたちは喜び楽しみ、神をあがめまつろう。
小羊の婚姻の時がきて、
花嫁はその用意をしたからである。
 Let us be glad and rejoice, and give honour to him: for the marriage of the Lamb is come, and his wife hath made herself ready.
(黙示録19:7)
19:8彼女は、光り輝く、
汚れのない麻布の衣を着ることを許された。
この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。
 And to her was granted that she should be arrayed in fine linen, clean and white: for the fine linen is the righteousness of saints.
(黙示録19:8)
19:9それから、御使はわたしに言った、「書きしるせ。小羊の婚宴に招かれた者は、さいわいである」。またわたしに言った、「これらは、神の真実の言葉である」。

 

And he saith unto me, Write, Blessed are they which are called unto the marriage supper of the Lamb. And he saith unto me, These are the true sayings of God.

(黙示録19:9)

賢い5人の乙女は婚宴に招かれました。

彼らが買いに出ているうちに、花婿が

着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。

 And while they went to buy, the bridegroom came; and they that were ready went in with him to the marriage: and the door was shut.

(マタイ25:10)

婚宴に招かれる

婚宴に招かれた者は幸いです。それは真実です。しかし

私達は皆、婚姻に招かれるキリストの花嫁となりましょう。

花嫁を目指す特権、道をイエス・キリストを信じる者に、教会に開いてくださっているのですから。

王の花嫁として選ばれたエステル妃に表されるように

聖霊様に象徴されれるヘガイが与えた没薬と香料と化粧品を取るべきです

2:12おとめたちはおのおの婦人のための規定にしたがって十二か月を経て後、順番にアハシュエロス王の所へ行くのであった。これは彼らの化粧の期間として、没薬の油を用いること六か月香料および婦人の化粧に使う品々を用いること六か月が定められていたからである。

Now when every maid’s turn was come to go in to king Ahasuerus, after that she had been twelve months, according to the manner of the women, (for so were the days of their purifications accomplished, to wit, six months with oil of myrrh, and six months with sweet odours, and with other things for the purifying of the women;)

(エステル記2:12)

新改訳2017年版では、6っか月は没薬の油で、次の六か月は香料と化粧となって次のという言葉が入っていて、明らかに没薬が先です。

さてモルデカイのおじアビハイルの娘、すなわちモルデカイが引きとって自分の娘としたエステルが王の所へ行く順番となったが、彼女は婦人をつかさどる王の侍従ヘガイが勧めた物のほか何をも求めなかった。エステルはすべて彼女を見る者に喜ばれた。 

 Now when the turn of Esther, the daughter of Abihail the uncle of Mordecai, who had taken her for his daughter, was come to go in unto the king, she required nothing but what Hegai the king’s chamberlain, the keeper of the women, appointed. And Esther obtained favour in the sight of all them that looked upon her.

(エステル2:15)

没薬は自我に死ぬことです。

香料と化粧品は没薬をとって自我に死ぬことを通った後に与えられる

花嫁の美を引き出す復活の命です。

死なないと復活はありえません。自我に死なないと復活はないのです。

エステル妃には、香料と化粧品を取る前に、没薬の期間があったのです。

王の好みを宦官ヘガイは良く知っていました。

素直にヘガイの与える者だけを選んだエステルは王妃に選ばれました。

自分の好みのものを取った娘たちは、選ばれませんでした。

ヘガイの象徴である聖霊様が与える没薬、自我に死ぬことを選び取ることが出来ますように。

自我に死ぬことは容易いことではありません。

その為に、養分を木からしっかりとるぶどうの実となることが出来ますように。

主イエスに、とどまっていることが出来ますように。

自分の十字架を負う、主イエスの弟子になることが出ますように。

群衆ではなく、弟子となることが出来ますように。

力を与えてください。と素直に祈りつつ歩んでいきましょう。

(一番に自分に言い聞かせています)

 それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。 

Then said Jesus unto his disciples, If any man will come after me, let him deny himself, and take up his cross, and follow me.

(マタイ16:24)

 

自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。

For whosoever will save his life shall lose it: and whosoever will lose his life for my sake shall find it.

(マタイ16:25)

コメント

  1. Toyoshima より:

    初めまして
    最近ヘブライ語の大切さを感じ
    ヘブライ語を学び始めました。まだアルファベットを覚えるところからで
    ヘブライ語で聖書を紐解くにはほど遠いですけど 本当に真実なる神様が伝えようとしてる事を知るにはヘブライ語からだなぁ〜と感じています。

    本当にこの事で深く交わる方がいないのが残念ですね。

    私の周りにもほとんど居ません。

    この記事に導かれて感謝です。

    ありがとうございます

    • yuki より:

      初めまして
      コメントありがとうございます。
      ヘブライ語の大切さを分かち合える方がおられてとても嬉しいです。
      と言いましても、私もヘブライ語を話せるわけではなく、礼拝のメッセージや、神学校の先生方に部分的に教えていただいた程度です。
      それでも、とても恵まれます。とても深く目が開かれる思いがすることがしばしばです。
      「一羽の雀」といいうキリスト教専門店で
      https://suzume.love/?pid=145924762

      ヘブル語の本の紹介があり購入しました。良書でした。全部は読めていないのですが、時々辞書のように使っています。
      また新しく教えられたことがありましたら、分かち合いたいです。よろしくお願いします。

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