聖書の名言集 死 パート2 死に打ち勝つ希望【英語付】

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天国と地獄

聖書の名言集 死 パート1では 聖書の伝える死とは、肉体と魂の分離だとお伝えしました。

パート2では死に打ち勝つ希望があることについて順を追ってお話しします。

 

聖書名言集の語る死とは肉体との分離です。【英語付】

感謝の道を選ぶ

 

ヤコブの手紙2章26節

2:26霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。

【KJV】
Jam
2:26 For as the body without the spirit is dead, so faith without works is dead also.

人の死後、肉体は死にますが、霊魂は肉体を離れて死後の世界に行きます。

そして、ヘブル人への手紙9章27節から28節

9:27そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、

 9:28キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。

King James Version 
Heb
9:27 And as it is appointed unto men once to die, but after this the judgment:
9:28 So Christ was once offered to bear the sins of many; and unto them that look for him shall he appear the second time without sin unto salvation.

 

聖書の名言から読み取る、死が未知の世界だという理由だけの恐怖ではない。

裁き

 

神様は人に良心を与えられているので、罪の自覚があるため、

罪の刑罰を意識することからも死に恐怖感じます。

私達の良心だけではなく、聖書の言葉によって

神ご自身が死後に裁きがあることを伝えています。

ガラティア人への手紙5章19節から21節

5:19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、

5:20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、 

5:21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。

【KJV】
Gal
5:19 Now the works of the flesh are manifest, which are these; Adultery, fornication, uncleanness, lasciviousness,
5:20 Idolatry, witchcraft, hatred, variance, emulations, wrath, strife, seditions, heresies,
5:21 Envyings, murders, drunkenness, revellings, and such like: of the which I tell you before, as I have also told you in time past, that they which do such things shall not inherit the kingdom of God.

これは天国に入れない罪です。

好色、姦淫なんて、縁がないと思いたいのですが、主イエスの山上の垂訓では、

心にみだらなことを思って異性を見るだけで、その罪になると言われています。

妬んだ事が生まれて一度もない方は幸せな方です。

偶像礼拝は、神よりも大切なものがあるなら、それが偶像礼拝で、

神にそむくことは占いをしているのと同じで、自分勝手な強情は偶像礼拝です。

第一サムエル記15章22節から23節

15:22サムエルは言った、「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、
燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。
15:23そむくことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。
あなたが主のことばを捨てたので、主もまたあなたを捨てて、王の位から退けられた」

King James Version 
1Sa
15:22 And Samuel said, Hath the LORD as great delight in burnt offerings and sacrifices, as in obeying the voice of the LORD? Behold, to obey is better than sacrifice, and to hearken than the fat of rams.
15:23 For rebellion is as the sin of witchcraft, and stubbornness is as iniquity and idolatry. Because thou hast rejected the word of the LORD, he hath also rejected thee from being king.

クリスチャンである私も、このみ言葉を聞くと毎回、厳粛な気持ちになります。

イエス・キリストの十字架の救いがなければ、

とても大手を振って天のみ国に行けるような者ではないと。

 

聖書の名言から分かる。愛の神は、地獄から救われる道をつくられた。

青空に浮かぶ十字架

 

 




 

神は、一つも罪がない、ご自分のひとり子であるイエス・キリストを

人として生まれさせてくださって、私達全人類の罪を、イエス・キリストに負わせ、

私達の罪の身代わりに十字架でその刑罰を受けさせました。

そして、十字架で死なれたイエス・キリストを死後三日目によみがえらせました。

これは、歴史的な事実です。

イエス・キリストの復活です。蘇生ではありません。

蘇生して生き返った人がおられることは、たまに聞きますが、

二度と死なない体になって復活された方はイエス・キリストお一人です。

今は、二度と死なない完全な体である、復活の体をもって、生きたまま天に行かれたので、

イエス・キリストのお墓は空のままです。

新婚旅行で、30年位前ですがイスラエルに行った時お墓を見てきました。

イエス・キリストが葬られたと言われるお墓には、

何もありませんでした。復活されたお体のまま天に行かれたからです。

このことが私達には、とても重要なこととなります。

神様は、

罪を悔い改め、自分の罪の身代わりに

十字架で死んで、死の力に打ち勝って、よみがえられたイエス・キリストを信じる者の

罪を帳消しにして、罪を赦してくださり、それだけでなく、永遠の命を与えてくださいました。

それですので、私達は死と地獄の恐怖から解放されました。天国の国民としてくださったのです。

イエス・キリストを信じる者は、死の恐れから解放されています。

イエス・キリストと共に、死の力に対する勝利を持つものをなりました。

古今東西、「死」は人間には難問でした。

その一番の問題に神様の知恵で解決をもたらしてくださったのです。

イエス・キリストを信じる者は、もはや死に対する恐怖はありません。

やがて、死を経験する時、肉体は死んでも、魂は天国へと導かれると、

イエス・キリストの復活の事実を根拠に、確信しているからです。

イエス・キリストが死に打ち勝ってくださったことで、信じる者には希望があります。

これが死に打ち勝つ希望です。

 

ヨハネの福音書11章25節

イエスは彼女に言われた、「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる。 

【KJV】
Joh
11:25 Jesus said unto her, I am the resurrection, and the life: he that believeth in me, though he were dead, yet shall he live:

これはイエス様ご自身の言葉です。

感謝します。

【聖書の名言集 死 】祖母の臨終に立ち会った時のことです。

老いて

 

私は祖母のことが大好きで、絶対に地獄に行ってほしくないと思っていました。

小さい時からとても可愛がってくれた祖母でした。

私がクリスチャンになった時、家族から猛反対され、

信仰を守るために家を出ていこうとした時、

どんなに反対されても信仰を捨てないと分かってくれた家族に、

祖母から、本当に信仰を持ちたかったら、家族に土下座して頼むように言われ、

直ぐに土下座して、「私は信仰を捨てることが出来ません」と土下座して

「教会の礼拝にこれからも出席すること赦してください」と頼みました。

祖母は父や母の前で優しい声で、

「本当は、こんなことを言いたくなかったけれど、

信仰を持つなら、一流の信仰をもつんやで、わかったか」

といって私が信仰を持つことを赦してくれて、

そればかりでなく、

他の家族にも了解を得させるしっかりした頼りになる人でした。

祖母は早くに夫を亡くし若い頃からとても苦労して家族を守ってきた人で、

祖母が真剣に物事を決めた時はほかの家族は、ぐうの音も出ないほど、芯の通った人です。

そんな祖母が胃がんになったと分かってから、ずっと涙ながらに祈っていました。

家事をしていても一人きりになると、涙があふれて祈りました。

病室で私と祖母の二人きりの時は、足をさすったり、手をさすったりしながら、

主イエスを信じるように、祈っていました。

祖母は若い頃から浄土真宗を信仰していて、「私は死んでも行くところがあるから怖くない」と

信念を持っていたように思えていましたが、

私が祖母の側で祈っていると、「熱心やな」と言って微笑んでいました。

しばらくすると、「おばあちゃんは、本当は死ぬの怖いんや、怖いんや」

と祖母らしく実直に私に話してくれました。

「おばあちゃん、阿弥陀様がいるから死んでも怖くないのと違うの?

もしも それでも怖いのなら、イエス・キリスト、この名前をおぼえて、

イエス・キリストは、私達の罪の為に、身代わりに死んでくださって

罪を赦してくださって、私達を天国に行けるようにしてくださったから。

イエス・キリスト このお名前を信じて、死ぬことは怖くないから」

と私はクリスチャンになり立てで、上手に証できませんでしたが、

その時の私のせい一杯を祖母に話して、後は神様、足りないところを補ってください

と祈りました。

祖母はしばらくしてから、はっと何かに気が付いたように、

深くうなづいて、それから落ち着いて眠りました。

しばらくして、看護師が来て、家族をよび、

他の家族と入れ替わり、私は家に帰りました。

その後しばらくして、臨終の知らせが来ました。

【聖書の名言集 死】私は、祖母が何かに気が付いてハッとした瞬間、主イエスおられたと信じています。

渡す

 

あの時、私には見えなくても祖母はみ使いに導かれて天国に行ったと信じています。

祖母の臨終の時、もしも私に確信を持つものがなく、

ただ根拠のない「大丈夫」という言葉しか、かけてあげられなかったら

今頃、後悔していたことと思います。

 

この時までに、神様は私を主イエスにしっかりと出会わせてくださり、

私が死に対しての勝利と確固たる希望をいただいていたことを感謝しています。

あの信仰の強い祖母にでさえ、確信をもって伝えることが出来たことを神様に感謝しています。

祖母が、死ぬ間際に素直に死の恐怖を、こんな私に話分かち合ってくれたことを嬉しく思います。

全てが感謝です。

これを読んでくださった、あなたもイエス・キリストを信じ受け入れ、

死に打ち勝つ希望を持つ人となられますように、お祈りします。

アーメン

 

 

 

 

 

 

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