「破れ口に立つ者 時を知り 祈る」   ハルマゲドン・ボツラ・ヨシャファテの谷

終末時代に起きる事

― 終末の地理を整理する ―

2026年1月3日の通読箇所(第一歴代誌7:29)に「メギド」という地名が出てきました。この地名から、ハルマゲドンやボツラのことが連想されてもやもやしてきたので、ここで終末預言に関わる地名を整理しておきます。

このもやもや、主が祈るように語られておられるのかと思いました。何もできない力ない私でも、完璧になれない、本物にもなれない弱さを持ったままの私でも「あなたにもできる。御霊に導かれて、主イエスの血潮に覆われているから、恐れずに祈ることはできるよ。この時の為にあなた方はいるのだ」と。

メギド(ハルマゲドン)― 軍隊の集結地点

地理的事実

黙示録16:16に出てくる「ハルマゲドン」は、ヘブライ語で「הַר מְגִדּוֹ」(ハル・メギッド=メギドの山)です。

しかし重要な点として:

  • メギドは山ではなく平原(イズレエル平原)に位置している
  • 現在見えるのは「テル(遺丘)」であり、自然の山ではない
  • 「メギドの山」という表現は直訳的地理表現としては不自然

このため、「ハルマゲドン」は象徴的・預言的名称である可能性が強く示唆されます。

旧約聖書におけるメギドの意味

① 決定的な戦いの場所

  • デボラとバラク vs シセラ(士師記5:19)
  • エジプト王ネコ vs ヨシヤ王(Ⅱ列王記23:29)― 神の裁き・王の死・時代の転換点

② 「嘆き」の象徴

  • ヨシヤ王の死に対する嘆き(ゼカリヤ12:11「メギドの平原のハダデ・リモンの嘆き」)

黙示録における役割

「こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。」(黙示録16:16)

ハルマゲドンは諸国の軍が「集められる」場所です。実際の戦い・裁きが行われる場所ではなく、集結地点として描かれています。

ボツラ ― イスラエルの避難場所・メシアの救出の場

地理的位置

ボツラ(בָּצְרָה)はエドムの地にある都市で、現在のヨルダン南部に位置します。近くにはペトラ(セラ=岩)もあります。イスラエルからは南東方向、約200km以上離れた場所です。

終末預言における役割

① イスラエルの避難場所

マタイ24:16で主イエスは「ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい」と言われました。この「山」がエドムの山岳地帯(ボツラ/ペトラ)を指すという解釈があります。黙示録12:6, 14でも「女(イスラエル)が荒野に逃れる」という預言があり、この「荒野」がボツラ地域と解釈されることがあります。

② メシアが救出に来られる場所

「エドムから来る者、ボツラから深紅の衣を着て来るこの者は、だれか。その着物には誉れがあり、大いなる力をもって歩む者は。」「正義を語り、救うに力強い者、それがわたしだ。」(イザヤ63:1)

敵軍はイスラエルの残りの者を追ってボツラまで来る。絶体絶命の瞬間に、主イエスが助けに来られる。メシアがボツラで民を救い出し、敵を踏みつけた後、エルサレムへ向かわれるという流れです。

ヨシャファテの谷 ― 裁きの場

名前の意味

「ヨシャファテ」(יְהוֹשָׁפָט)は「主はさばく」という意味です。つまり「ヨシャファテの谷」は文字通り「主がさばく谷」という預言的な名称です。

聖書の預言

「わたしは万国の民を集め、彼らをヨシャファテの谷に連れ下り、わたしの民、わたしのゆずりの地イスラエルのために、彼らをそこでさばく。」(ヨエル3:2)

「国々の民は関を出て、ヨシャファテの谷に来い。わたしはそこで、周辺のすべての国々をさばくために座につく。」(ヨエル3:12)

伝統的にキデロンの谷(エルサレムとオリーブ山の間)と同一視されています。ゼカリヤ14:2-4でも、終わりの日に諸国がエルサレムに攻め込み、主がオリーブ山に立たれると預言されています。

終末の出来事の流れ

これらの地名を整理すると、終末の出来事は以下のような流れで理解できます。

段階場所出来事
① 集結ハルマゲドン(メギド)諸国の軍が集められる(黙示録16:16)
② 避難ボツラ/ペトライスラエルの残りの者が逃れる(黙示録12:6、マタイ24:16)
③ 救出ボツラメシアがボツラで民を救い出す(イザヤ63:1-4)
④ 裁きヨシャファテの谷主が諸国をさばく(ヨエル3:2, 12)
⑤ 帰還エルサレム/オリーブ山メシアがオリーブ山に立つ(ゼカリヤ14:4)

黙示録19章「血に染まった衣」― 返り血

「その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれた。」(黙示録19:13)

この「血に染まった衣」は何の血か?結論として、敵の返り血と解釈するのが文脈的に適切です。

根拠

  1. イザヤ63:1-4との明確な並行関係がある
  2. イザヤ63:3で「彼らの血がわたしの衣にふりかかり」と明確に敵の血と書かれている
  3. 黙示録19:15の「酒ぶねを踏む」はイザヤ63:3の直接的引用

イザヤ63章との対比

「なぜ、あなたの着物は赤く、あなたの衣は酒ぶねを踏む者のようなのか。」「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を行う者はいなかった。わたしは怒りによって彼らを踏み、憤りによって彼らを踏みにじった。それで、彼らの血がわたしの衣にふりかかり、わたしの装い物をすべて汚した。」(イザヤ63:2-3)

黙示録は旧約聖書からの引用や暗示に満ちており、ヨハネはイザヤ63章を背景として黙示録19章を描いています。

花婿と花嫁 ― 美しい構図

黙示録19:11-16には、感動的な対比があります。

装い
主イエス(花婿)血に染まった衣(19:13)
花嫁/天の軍勢まっ白な、きよい麻布(19:8, 14)

花嫁は汚れなく白いまま。花婿だけが血に染まっている。

「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を行う者はいなかった。」(イザヤ63:3)

主はひとりで戦われます。花嫁は戦わない。ただ花婿と共にいる。そして花婿が単身で敵を打ち破り、返り血を浴びながらイスラエルを救い出す。だから返り血を浴びるのも主だけ。花嫁には一滴の返り血もかからないのです。

携挙された花嫁が、花婿と共にイスラエルの救出に来る。その時、ローマ11:26「こうして、イスラエルはみな救われる」が成就する。これは究極の愛の物語です。

まとめ

場所意味・性質主な聖書箇所
ハルマゲドン軍隊が集結する場所(象徴的)黙示録16:16
ボツラ避難場所・救出の場イザヤ63:1-4、黙示録12:6
ヨシャファテの谷神がさばきを行う場所ヨエル3:2, 12

これらの地名は地理的には別々の場所ですが、終末預言の中では一連の流れとして繋がっています。神様の壮大な救いの計画と、イスラエルへの変わらない愛が、これらの預言を通して示されているのです。

終末預言について学ぶことは大切です。しかし、学ぶだけで「時を知っている」ことになるのでしょうか?時を知っているなら、その時にしなければならないことをするはずです。

では、何をしなければならないのでしょうか?

それは破れ口に立って祈ること。この時の為に、このことの為に、私たちクリスチャンは存在し、終末預言を吟味しながら学んでいるのだと思います。

まず自分の為、そして家族の為、隣人の為、地域の為、日本の為、エルサレムの平和の為に祈ります。エルサレムの平和とは、イスラエルのことも、パレスチナのことも含みます。その周辺諸国の為、迫害の中にあるクリスチャンの為、そして主を知らないすべての人々が救われるように。

終末の地理と花婿・花嫁の構図

終末の地理と花婿・花嫁の構図

― 黙示録・イザヤ書・ヨエル書から見る終末預言の地名整理 ―

終末の出来事の流れ

ハルマゲドン(メギド)
הַר מְגִדּוֹ ― ハル・メギッド
諸国の軍が集結する場所(実際は山ではなく平原=象徴的名称)
📖 黙示録16:16
ボツラ / ペトラ
בָּצְרָה ― ボツラー(エドムの地)
イスラエルの残りの者が荒野に逃れる場所
📖 黙示録12:6, 14 / マタイ24:16「山へ逃げなさい」
ボツラでの救出
メシアが深紅の衣で来られる
敵がイスラエルを追ってボツラまで来る → メシアが救出に来られる
📖 イザヤ63:1-4「エドムから来る者、ボツラから深紅の衣を着て来る」
ヨシャファテの谷
יְהוֹשָׁפָט ―「主はさばく」の意
主が諸国をさばく場所(キデロンの谷と同一視)
📖 ヨエル3:2, 12
エルサレム / オリーブ山
メシアの足がオリーブ山に立つ
メシアが王として帰還される
📖 ゼカリヤ14:4「その日、主の足はオリーブ山の上に立つ」

地理的位置関係

イスラエルと周辺地域
🌊 地中海
🌊 死海
メギド
(ハルマゲドン)
エルサレム
(ヨシャファテの谷)
ボツラ / ペトラ
(エドム)
① 集結地点
②③ 避難・救出
④⑤ 裁き・帰還

花婿と花嫁 ― 黙示録19章の美しい対比

「その方は血に染まった衣を着ていて、その名は『神のことば』と呼ばれた。」 ― 黙示録19:13
「花嫁は、光り輝く、きよい麻布を着ることを許された。」 ― 黙示録19:8
👑
花婿 ― 主イエス・キリスト
装い
血に染まった衣
乗り物
白い馬
役割
ひとりで戦い、敵を打ち破る
称号
王の王、主の主
👰
花嫁 ― 教会(天の軍勢)
装い
まっ白な、きよい麻布
乗り物
白い馬
役割
花婿と共にいる(戦わない)
状態
返り血を浴びない
花婿の衣
🩸 深紅(返り血)
花嫁の衣
✨ 純白(きよい)
「わたしはひとりで酒ぶねを踏んだ。国々の民のうちに、わたしと事を行う者はいなかった。」 ― イザヤ63:3
✝ 花婿の愛 ✝
主はひとりで戦われる。
花嫁は戦わない。ただ花婿と共にいる。
花婿が単身で敵を打ち破り、返り血を浴びながらイスラエルを救い出す。
だから返り血を浴びるのも主だけ。

花嫁には一滴の返り血もかからない。

これが究極の愛の物語。
「こうして、イスラエルはみな救われる」(ローマ11:26)
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