礼拝 賛美 証し 説教 神学生による 武生自由キリスト教会にて

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礼拝

礼拝 賛美 神学生による 賛美 証し 説教

武生自由キリスト教会の礼拝風景を動画でお伝えします。

(このサイトに直接入れるには大きかったので、ユーチューブにアップしてからリンクしました。)

この日は、関西聖書学院の神学生が来てくださり、賛美や、礼拝説教の奉仕をしてくださいました。

動画で撮ることに慣れていなくて、ブレてしまっていました。ごめんなさい。 <m(__)m>

将来は三脚を用意してブレないようにしたいと思います。

①礼拝 賛美 佐藤創神学生のリードによる礼拝前の賛美です。

 

 

 

 

 

神学生による礼拝前の賛美

 

 

 

救いの道を与えに天より下り来られた、

十字架により、命購い、よみがえられた主イエスよ、感謝します。

会衆はマスクをしてですが、控えめに、心一杯 賛美できました。

ハレルヤ

 

②礼拝 賛美 賛美グループ「スイッチ」による

教会

 

 

 

 

スイッチによる賛美礼拝IMG 3764

 

 

③礼拝 賛美 平嶋裕佳神学生の証です。

 

 

 

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平嶋裕佳姉妹による証IMG 3765
神学生が、献身の証をしてくださいました。

 

 

「 あなたの人生の成功も失敗も大したことじゃない。

あなたの人生の成功は、神様の約束をどれだけ本気で生きるか

神様のみ心にどれだけ従っていくか

神様のみ心をどれだけ全うすることが出来たかにかかっています。」

 

④礼拝 賛美 小池有神学生による礼拝説教です。

可愛い熊さん

 

 

 

 

小池有兄弟による礼拝説教IMG 3766

 

 

 

 

説教タイトル 「なんで?と思っても」

わたしはあなたの事を耳で聞いていましたが、
今はわたしの目であなたを拝見いたします。

(ヨブ記42:5)

 

小池有神学生

自己紹介

関西聖書学院3年 パークサイドチャペルに通っています。

祖父が、武生自由キリスト教会で2年ほど仕えていました。

祖母が恵み幼稚園で勤めていました。武生自由キリスト教会が母教会です。

不思議なかかわりを感じます。

小学校2年からサッカーを15年ほどしていました。

 

現在、平嶋祐佳さん 佐藤創さん 僕(小池有さん)の三人でスイッチという賛美チームで巡回の活動をしています。

スイッチというチームの由来は

誰か一人でも多くの人の人生のスイッチを押すような、人生の転換期となるような働きをしたいという思いを込めてスイッチという名前を付けさせていただきました。

 

礼拝説教内容 タイトル 「なんで?と思っても」

 

(ビデオでは新改訳聖書を使用しています。要約では口語訳聖書を使用しています。)

 

私達の人生は何でか分からない出来事、「なんで・?と思うことが沢山起きてしまいます。

ヨブも「なんで?」と思った一人です。彼はどんなひとであったか

 

1:1ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。 1:2彼に男の子七人と女の子三人があり、 1:3その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。

(ヨブ記1:1-3)

 

主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」

(ヨブ記1:8)

神様からこのような高評価をいただいていた誠実な人物でした。

こんな誠実なヨブにすら試練がやってきました。

ヨブを見てサタンは神様に言いました。

 

1:9サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。 1:10あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。 1:11しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。

(ヨブ記1:9-11)

 

そしてヨブは子どもと財産全てをサタンに奪われていきました。

しかしヨブはその苦しみの中にあっても神を恐れ誠実さを保ちました。

あの有名な言葉もこの後に言われてます

 

 

 




 

 

 

 

1:20このときヨブは起き上がり、上着を裂き、頭をそり、地に伏して拝し、 1:21そして言った、

「わたしは裸で母の胎を出た。
また裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名はほむべきかな」。

(ヨブ記1:20-21)

 

 

ヨブはこのような状況の中でも与えるのは神様だから取られるのも神様だと言って、

相当な試練の中でも神様をほめたたえていきました。

 

こんなことは到底私にはできません、さらにサタンは攻撃します

 2:4サタンは主に答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。 2:5しかしいま、あなたの手を伸べて、彼の骨と肉とを撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。

(ヨブ記2:4-5)

 

ヨブは全身に悪性のできものの為苦しみます。健康を犯されます。

 

しかしそれでもヨブは神様をほめたたえました。

周りの状況、自分の状況を見て神様は最善に導かれない方だ、良いお方ではないと思っておられないでしょうか。

神様は良いお方であると信じましょう、神様に信頼しましょう。

ヨブの話は続きます。

ヨブは、四人の人と論争することになります。

ヨブが正しければこんな苦難は起きない、試練が起きたというのはあなたが罪を犯したからだ。と世人の人たちは言います

一方ヨブは、「いいや私は正しい、この苦しみは私には原因がない」といいます。

この論争は続きます。

 

論争の中でヨブはうんざりして直接神に疑問を持ちかけます。

「なぜですか 神様 あなたはなぜ助けてくれないのですか、私は正しいことをしているじゃないですか」

ここから呼ぶのなんで?が始まります。

このヨブ記は試練の理由を知ろうとする葛藤の物語です。

 

神様はずっと何も言われませんでしたが、ようやく答えます。

 

 

38:1この時、主はつむじ風の中からヨブに答えられた、

38:2「無知の言葉をもって、
神の計りごとを暗くするこの者はだれか。

(ヨブ記38:1-2)

 

今日覚えたいのは、私達の神は私達の嵐の中の状況にさえおられるということです。

今日神様がともにおられます。

 

そして主が言ったことはこうです。あなたはなぜ知識もないのに私の摂理を否定しようとするのか。

摂理とはこの世界を創造した神様の導きや計画のことです。

かみ砕いていいますと、

「ヨブあなたは神様の導きを知らない、計画を分からないでしょう。あなたは何を知っているんだ、あなたは何者なんだ。」ということでした。

神様は様々な映像をヨブに見せて語ります。

この地の基を造ったのは誰か。陸や海を創造したのはだれか。太陽や月を登らせるのは誰か。動物を造り彼らをどのように育てるのを決めているのは誰か。ヨブあなたは自分を正しいとして、私を正しくないとするのか。

あなたには神のような腕があるのか。

それらのことを教えていくのです。

ヨブはこの神の語り掛けに様々なことを学んでいきました。

ヨブが学び受け取ったことを最後の章、42章でヨブの思いが書かれています。

ここから、ヨブが学んだことから、私たちの人生の中で「なんで?」という状況の中で持つべき三つの態度を学びます。

第一番目 なんで?という状況の中で持つべき態度 神の声を聴くことを追う

 

 

 

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①神の声を聴くことを追う

聞け、わたしは語ろう
わたしはあなたに尋ねる、わたしに答えよ』。

(ヨブ42:4)

世人の人の声に惑わされました。自分の声にも惑わされます

私達も試練がやってくるときにそうだと思います。

そんな私達に聞け私が語ると言われます。

私達が「なんで?」という状況の中で必要なのは神の声です。

聖書を開き、賛美をするとき私のなんで?という声が消えていくときがあります。だから日々聖書を読むことがとても大切なのです。

第二番目 なんで?という状況の中で持つべき態度 神の偉大さを思う

コスモス

 

 

②神の偉大さを思う

42:1そこでヨブは主に答えて言った、

42:2「わたしは知ります、
あなたはすべての事をなすことができ、
またいかなるおぼしめしでも、
あなたにできないことはないことを。
42:3『無知をもって神の計りごとをおおう
この者はだれか』。
それゆえ、わたしはみずから悟らない事を言い、
みずから知らない、測り難い事を述べました。

(ヨブ記42:1-3)

ヨブはここで、自分の理解できないことを告げていたと、自分が取るに足りない者であることを認め、神にはすべてのことが出来るのだと神の偉大さを思いました。

私達もヨブがそうであったように、神の偉大さを思う必要があります、そして、自分の小ささを認める必要があります。

それはどういうことか、それは自分の思いよりも、神様の思いに信頼するということです。

私達の神様はこの世界を造り、この世界を動かされている方です。

海を造り、川を流し、太陽月をあげ下げる方、何よりもこの私達を愛して造られた方です。この世界のクリエイターなのです。計り知れないほど偉大な方、それが私たちの信じている神です。

私達が「なんで?」という試練の中で覚えるべきことは、その「なんで?」という中でもなお、偉大な神、自分よりもはるかに高く、広く深い、神に信頼するということです。

私達は神様の計画を全て知る事はできません。

私達は知らないということを知る必要があります。

 

第三番目 なんで?という状況の中で持つべき態度 神を知る事を求める

 

純真

 

 

③神を知る事を求める。

わたしはあなたの事を耳で聞いていましたが、
今はわたしの目であなたを拝見いたします。

(ヨブ記42:5)

ヨブは耳で聞いていた神様をこの目で見たといったのです。それは神様を体験したということです。

これまでヨブの苦しみは沢山ありましたが、最も大変だった苦しみは、

良いお方である主が、神様が、何をされているのか分からないということでした。私達も神様が何をされているの分からない、良いお方なのか分からないと思ってしまう時、しんどい、大変な時です。

ヨブは最後までこの二回の試練が起きた理由は分かりませんでした。

神様のその理由をお答えになりませんでした。

しかし、神様が語ったこと、見せたことがありました。

それは神の偉大さと神の摂理でした。

つまり神の導きと計画です。

その中でヨブは私の目はあなたを見たのだ。と告白しました。

二回の試練の意味は分からなかったけど、ヨブはなぜこのようなことが起こるの分からないようなことがあっても、それでもなお偉大な神の計画の中、素晴らしい主の愛の中、完璧な神様のみ手の中に行かされているということを知ったのです。

解決は、「なんで?」の理由を知る先ではなく、神と出会い、神を知る事の先にある。

 

 

 

 




 

 

 

ヨブは年老い、日満ちて死んだ。

(ヨブ記42:17)

なんで?の理由を知るよりも神様と出会い神を知る事がヨブの祝福となっていきました。

そして、彼の人生を満ち足りるものとしてくれました。

私達は神の愛に行かされているということを知る必要があります。

何でですか神様と祈る事は良いことですが、なんでばかりを追って、ヨブのように自分を見失ってしまったり、神様の声を聴けなくなってしまったりしてしまうかもしれません。

なんでという試練の中で神様に信頼して、神様を知る事を追いかける必要があります。

私たちの「なんで?」の問題解決は、「なんで?」の理由を知る先にあるのではなく、神と出会い、神を知る事の先にあります。

私達は神の愛の中、見ての中、計画の中に生かされていることを覚えましょう。

今日あなたは神のみ手の中に抱かれています。

 

第三の天

 

山々がエルサレムを囲んでいるように、
主は今からとこしえにその民を囲まれる。

(詩篇125:2)

今試練の中にある方がおられるかも知れません。

仕事、家族関係、友人関係、失望の中におられる方がいるかもしれません。なんでを追求するのではなく、神に信頼し私たちは愛の中にみ手の中に、計画の中に行かされていることを知りましょう。

この状況の中でそれでもなお神様は愛してくださっています。

①神様の声を聴く必要がある

②この世界を、私達を造られた神様の偉大さを思う必要がある

③試練の中でもなお神様のみ手の中で生かされていることを追う必要があります。

 

箴言16章1節から9節

 

感謝します

 

 

ハレルヤ アーメン とても励まされました。

個人的に、今日のメッセージを聞いて自分の問題を思いめぐらしていると、

箴言の言葉が与えられました。

16:1心にはかることは人に属し、
舌の答は主から出る。
16:2人の道は自分の目にことごとく潔しと見える、
しかし主は人の魂をはかられる。
16:3あなたのなすべき事を主にゆだねよ、
そうすれば、あなたの計るところは必ず成る。
16:4主はすべての物をおのおのその用のために造り、
悪しき人をも災の日のために造られた。
16:5すべて心に高ぶる者は主に憎まれる、
確かに、彼は罰を免れない。
16:6いつくしみとまことによって、とがはあがなわれる、
主を恐れることによって、人は悪を免れる。
16:7人の道が主を喜ばせる時、
主はその人の敵をもその人と和らがせられる。
16:8正義によって得たわずかなものは、
不義によって得た多くの宝にまさる。
16:9人は心に自分の道を考え計る、
しかし、その歩みを導く者は主である。

(箴言16:1-9)

日頃読み親しんでいる名言集である聖書の言葉ですが、

問題の時に、深い知恵となって、語り掛けてきます。

「なんで?私は悪くない」とヨブのように叫びたくなる時、

人に対してではなく、問題が問題ではなく、

自分が高ぶっていること、自分が何も知らない者であることを知る必要があると思いました。

イエス様の十字架であらわされた愛を思い、主に助けられて、主を見上げ、神の義により頼み、

①神様の声を聴く時、②この世界を、私達を造られた神様の偉大さを思う時

③試練の中でもなお神様のみ手の中で生かされていることを、神様を知る事を求める時

その先に神様に信頼でき、神様の愛の中で覆われ憩い、

人知をはるかに超えた神の平安に満たされることを感謝します。

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