聖書の名言 努力 バランスNo3【英語付】失望に終わらない

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努力2努力

努力しているけれど現実の自分を見ると、程遠いなと、落胆しそうになる時がありませんか。

こんな私は天の国の住民にはふさわしくないのでは?と不安になることなど・・・

 

それでも主の戒め(互いに愛し合いなさい)を守りりたいと思っている、

そして主の戒めを守る努力をしているあなたのことを神様はちゃんとご存じです。

神様はそんなあなたを見放したりはしません。

希望があります、この希望は失望に終わりません。

 

(タイトルに努力という文字を入れると、

自分自身の力で頑張るように聞こえてならないので、

努力という言葉はふさわしくないかもしれないと思ってもみたのですが、

目標を掲げ、そこに向かって邁進すること、

努め励むことが努力なので、努力で間違いないのだと思います。)

 

それでは、主イエスの戒めを守りたいと心から願って、努力する人の

希望は失望に終わらないのだということを

聖書の名言からその根拠を見ていきたいと思います。

きっと思った以上に励まされると想像します。

私は、この名言集でいつも力強く励まされています。

 

信仰すら自分の力で持てない者だ、イエス様の信仰によって救われたのだということです。聖書の名言を原語(ギリシヤ語)で読み解いてみる。

 

助けを求める

ガラティア人への手紙2章16節

人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

【KJV】

Gal

2:16 Knowing that a man is not justified by the works of the law, but by the faith of Jesus Christ, even we have believed in Jesus Christ, that we might be justified by the faith of Christ, and not by the works of the law: for by the works of the law shall no flesh be justified.

日本語では

ただキリスト・イエス信じる信仰によるとあるのですが 原文であるギリシヤ語の単語を見ると、

(キリスト・イエス信仰を通して)となります。

私の信仰ではなく、キリスト・イエスの信仰によって私は、

キリスト・イエスの情熱によって救われているということです。

信仰すら自分の力で持てない者だ、イエス様の信仰によって救われたのだということです。

イエス・キリスト信仰を通して

ディア ピストゥス イエスース クリストゥース

dia.pi,stewj VIhsou/ Cristou/

dia, dia.  前)属 ~を通って、~の故に、~のために

pi,stij pi,stewj  名)属女単 信仰

VIhsou/j VIhsou/  名)属男単 イエス

Cristo,j Cristou/ 名)属男単 キリスト

ディア の部分が、~を通して とか ~を通ってという前置詞です。

 

【KJV】英語訳も(キリスト・イエスの信仰によって)となっていますね。

このことは、私達の努力はどこでするのか、どんな努力をするのかを知るうえで、

とても大切な鍵となる事です。私はこれを知ってさらに理解できたので、

原語であるギリシヤ語から先に紹介しました。

(キリスト・イエスの信仰によって) これを覚えておいてくださいね。

 

努力しているつもりだけど、こんな状態で、神の国に入れるのかと不安になります。私もそうでした。

悩みの日

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主イエスの信仰、真実の愛、主の情熱によって救われた私達は、主の愛を受け、互いに愛し合いなさいという戒めを守りたいと心から願います。

しかし現実は頑張れば頑張るほど、できないことに気が付きます。本当は大切な人であるはずの、身近な人に対してでさえ主イエスの愛をもって愛することが出来ないでいることに気が付きます。聖書を読み賛美し、心が豊かにされている間はいいのですが、ひとたび、嫌味を言われたり、問題が起きると、心が冷えて、批判したり訴えたり、心を閉ざしたい思いにかられ愛がなくなります。

 

こんな状態で、神の国に入れるのかと不安になります。

 

 

ずっと長い間、私もこのことで悩んでいましたので、同じように悩んでおられる

クリスチャンの方がたに分かち合いたいと思います。

またよく聞くのですが、これから信仰を持ちたいけれども、自分はふさわしくないのではと、

悩んでおられる方にも分かち合いたいと思います。

 

実はそんなに難しいことではなかったのです。しかし、とても大切なことです。

 

この大切なことをしっかり押さえると、

反復幅跳びのように、希望と絶望を行ったり来たりするような、

エレベータのように上がり下がりする、

不安定な信仰から解放されて安定します。

 

ステージ1 聖書の名言を開かれた心の耳で聞き、神の愛を知る・・・・・・

み言葉を聞く

私達クリスチャンは、主イエスが、十字架によってこの自分の罪の為に身代わりに死んでくださり、主イエスが私の救い主キリストであることを信じ受け入れ口で告白しました。

そこで信仰によって義と認められたので、

a)罪が許されました。

b)永遠の命が与えられました。

c)いつ死んでも天国に行ける特権が与えられました。

d)神様の子ども(養子)として受け入れられました。

 

これは、すでに神の目に義と認められたと完了形で言い切れる事実です。

主イエスご自身も十字架上で「完了した」と言われました。

私達がそれ以降に罪を犯したとしても、私達を子ども(養子)にしてくださった父なる神様が

私達との養子縁組を取り下げることはなさいません。

私達は天の父なる神様の愛する子供ですから、

父なる神様からお叱りや指導は受けます。

愛されているからです。

愛されている愛されている

ステージ2 主に目をむけ主と共に努力するとは? 主に作り変えていただく協力をする。(多くのクリスチャンが、ここにいます)

造り替えられる

罪赦されても養子としての新しい歩みのプロセスで神の家族にふさわしく聖められていきます。

罪の力から解放されたわけではないので、罪との戦いが始まります。

それはとても熾烈な戦いです。

パウロの書簡でもこの戦いの悩みを紹介しています。

 

ローマ人への手紙7章15節

わたしは自分のしていることが、わからない。なぜなら、わたしは自分の欲する事は行わず、かえって自分の憎む事をしているからである。

King James Version

Rom

7:15 For that which I do I allow not: for what I would, that do I not; but what I hate, that do I.

 

パウロの悩みは私たちの切実な悩みではないでしょうか。

この悩みの中で、やがて私たちは気が付きます。

自分の力では、聖い神様の家族になれないと。

しかし、

主イエスの信仰によって、義と認められ神の子どもとしていただいた私達は、

神様の家族にふさわしく聖くなることに対しても、

神様が責任をもってくださるという信頼を置く必要があります。

実は

イエスをキリスト(救い主)として信じた時に、

私達には罪に勝つ力がないので、

助け主であり、慰め主であられる聖霊なる神様を私たちの心の中に住まわせてくださいました。

 

第一コリント人への手紙12章3節

そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。

King James Version

1Co

12:3 Wherefore I give you to understand, that no man speaking by the Spirit of God calleth Jesus accursed: and that no man can say that Jesus is the Lord, but by the Holy Ghost.

 

聖い聖霊様が私たちの中に住んでくださっているので、

以前より、罪を犯すと敏感に悲しい思いになります。

それは、聖霊様が内に住んでおられる証拠です。

 

これも大切なみ言葉なのですが、

ローマ人への手紙12章2節

あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。

【KJV】

Rom

12:2 And be not conformed to this world: but be ye transformed by the renewing of your mind, that ye may prove what is that good, and acceptable, and perfect, will of God.

心を新にして変わらなきゃ、でも変われない、おかしいな変われない、頑張っているのに。。。

もしかして無理かも・・となってしまいそうなのですが、

実は、自分の力ではなく、つくり変えられなさいと言っています。

神様に造り変えていただきなさいということです。

猫が手術を受ける

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私は、病気になって手術を受けた時に、このことに気が付きました。

 

「手術して病気を治した方がいいですよ」と言われたら、

自分で手術をするわけではありません。

医師から手術を受けるのです。

自分で手術したら、痛みで大変なことになります。

手術を受ける人がすることと言ったら、医師の指示通り、

手術前の検査を受けて、当日は指示通り、食事は水分だけ摂取して、

時間が近づいたら、看護師の指示通り手術着に着替えます。

医師を信頼して、手術台に上り、おとなしく麻酔を受けます。

「フワフワして眠くなったら教えてくださいね。」と言われます。

「目が回ってフワフワしてます目を閉じます。」と話します。

後は医師にお任せします。

後は眠っている間に、手術が終わっています。

手術後に、酸素吸入を付けもらって、

点滴やいろんな管を通してもらって、

自分ですることは、おとなしく横になっているくらいです。

三日もすれば管も酸素吸入も取れます。

後は指示通りに食事をとり、リハビリをします。

そこは、理学療法士や医師が共に指導してくれます。

 

心の一心によってというのは、手術を受けようという意思を持つこと、

「造り替えられなさい」うのは、おとなしく手術を受ける事です。

 

どんなふうに造り替えられるのかと言いますと、

聖められるプロセスの先、その目標は、主イエスと同じ人格になること、

イエス様と似た者に変えられていくことが目標なのですが、

具体的には、聖霊様の実を結ぶことです。

御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。

 

今日明日に実ものではありません。

主にゆだね、聖霊様になぐさめられながら、助けられながら、

主イエスを見上げつつ、父なる神に守られながら、日々歩む中で、実を結びます

では・・・

実を結ばない者は、伐採されて捨てられるのでしょうか?

 

クリスチャンである方からも、たまに聞くのですが、

こんな私では、

神様に、あなたのことはもう知らないと言って捨てられるのでは?と。

 

愛の神は一歩踏み出す努力をする人を見放さないと聖書の名言を通して語っています。

 

第一コリント人への手紙3章10節

3:10神から賜わった恵みによって、わたしは熟練した建築師のように、土台をすえた。そして他の人がその上に家を建てるのである。しかし、どういうふうに建てるか、それぞれ気をつけるがよい。

3:11なぜなら、すでにすえられている土台以外のものをすえることは、だれにもできない。そして、この土台はイエス・キリストである。

3:12この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、または、わらを用いて建てるならば、

3:13それぞれの仕事は、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日は火の中に現れて、それを明らかにし、またその火は、それぞれの仕事がどんなものであるかを、ためすであろう。

3:14もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、その人は報酬を受けるが、

3:15その仕事が焼けてしまえば、損失を被るであろう。しかし彼自身は、火の中をくぐってきた者のようにではあるが、救われるであろう。

 

King James Version

1Co

3:10 According to the grace of God which is given unto me, as a wise masterbuilder, I have laid the foundation, and another buildeth thereon. But let every man take heed how he buildeth thereupon.

3:11 For other foundation can no man lay than that is laid, which is Jesus Christ.

3:12 Now if any man build upon this foundation gold, silver, precious stones, wood, hay, stubble;

3:13 Every man’s work shall be made manifest: for the day shall declare it, because it shall be revealed by fire; and the fire shall try every man’s work of what sort it is.

3:14 If any man’s work abide which he hath built thereupon, he shall receive a reward.

3:15 If any man’s work shall be burned, he shall suffer loss: but he himself shall be saved; yet so as by fire.

感謝

 

 

これを読んで、感謝しました。

本当にホッとしました。

とりあえず天国にはたどり着きます。

ありがとう!神様 \(^o^)/

永遠の地獄よりずっとずっと感謝です。

たとえ、木や草藁で家を建てても、

損失は被るけれど、火の中をくぐってきたもののようにではあるけれど、

彼自身は救われると書いてあるではないですかーーー!!!!ハレルヤ!!!

 

ただ、頑張るあまり、本質を見失ってしまうことが人間にはあります。

み心でない材質で建ててしまうと、神の目には価値がなくて、

救われるけれど、報酬をいただけないという悔しい思いをしなければならないから、

気を付けるようにと言っています。

私達人間はうわべや、見た目の価値観、有名度、人気度などで

振り回されやすい弱さがあるので気を付けたいです。

ビジネスはそれでいいと思うのですが、神の国の基準は違うことを肝に銘じておくべきです。

 

建物の土台は、イエス・キリストです。

建物は私たち自身です。

金銀宝石で建てるとは、福音の真理によって家を建てることです。

木草藁で建てるとは自分の思想や自分の哲学、

また自分をアピールするショーで家を建てることです。

動機が神のみ旨にかなわない木草藁で家を建てた者でも、

信仰を持っていれば、かろうじて魂は救われることはできます。

しかしその働きは、むなしく火に焼かれて残りません。

神のみ旨にかなうものである金銀宝石で表されるもので家を建てたなら、

純粋で真実な働きは残り、かの日にその働きに対して主から報酬を受けるのだと言っています。

 

木草藁で家を建て家が焼かれても、魂は救われるので、捨てられません。

豊かで美しい実を結べなくても土台がイエス・キリストであるなら、

神様から見放されることはありません。

しかし

私はどんな材料で家を建てているのかを吟味したいと思います。

ここで不思議な現象が起こるからです。

天国に行けて、流石に地獄に行くよりもセーフ! (*^^)v ということで物凄く嬉しいですが、

あの時ちゃんと悔い改めていれば、

あの人と同じ報酬を受けられていたのにという思いをしなければなりません。

嬉しいのに、悔しい現象です。 (*_*;

その時に気が付くのです、一歩踏み出すだけの・・紙一枚くらいの差だったのにと。

だから、今のこの時を大切にしたいと思います。

今、理不尽な思いをして悔しくても、たとえ誤解されて、人には悪く言われていようと

神様は真実をご存じの方です。えこひいきもなさいません。

後の栄光ある報酬を思うと、

自分の心の動機を吟味して、

愛し合う方、御霊の実を実らせる方を選び取ることが出来るように、

私達は主に願っていこうではありませんか。

 

そして、私達を決して見捨てられない神様に、信頼して歩んでいきたいと思います。

 

ステージ3 そして、神様と共に努力する人は報われるという、とても励まされる、もう一つのステップがあるのです・・・・

 

被造物の待ち望み

それがとても素晴らしいのです、

それは、今はまだ実現していないので、未来の救いということが出来ます。

今まで二つのステップをお話してきました。少し振り返ります。

① 義と認められた

②神の子どもとしてイエス・キリストに似た姿につくり替えられていくプロセス

(このプロセスは、手術を受けるように、主と共につくり変えられていくプロセスです。

自分の頑張りで変わろうとすると、自分で大手術するようになり無理です。

激痛があって上手にできません、

主に手術していただきましょう。神様に造り変えていただきましょう。)

 

さて、三つ目のステップは

③未来の救いは聖められた先の完成形です。

主がつくり変える過程を導いてくださったように、完成も主が成し遂げてくださいます。

 

主は信仰によって、始まるところから、

信仰によって完成するところまで責任をもって導いてくださいます。

 

それはどういうことかと言いますと・・・

どうしても愛がもう少し足りない部分は、かの日には、主が足してくださるということです。

喜びにおいて足りないところも、努力し励んだところ全てです。

かの日にはもう罪を犯せない栄光の体に変えられます。

これは朗報です、せっかく天国に行くことが出来ても、罪に弱い身では、

父なる神様、主イエス様、聖霊様に対して、永遠に申し訳ない思いで苦しみますから。

 

この世の旅路を終えて、死んで神様にお会いするまでに努めても間に合わなかった部分は、

主が責任をもって完成させてくださいます。

死ぬ前に携挙を経験するなら、その時点で、足りない部分の完成が与えられます。

 

愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制 すべてこの地上で生きている間に、

それらの実を実らせるために励んだなら、諦めず一歩ずつでも踏み出していたなら、

主はそのことをしっかり記録されて、

かの日までに、完成まであと半分足りなくても、

あと80パーセント足りなくても、主の力で天の国の基準にまで、備えてくださいます。

クリスチャンになってすぐに、その日が来てしまい一歩しか歩めなかったとしてもです。

神様は、朝から働いた者にも、夕方近くになって働いた者にも

報酬をくださる方だと聖書に書いてあります。

心を定め主を見上げた私たちの、その一歩を神様はご存じで、記してくださるお父様です。

命の書など・・私たちのことを記す書物が天にはあると聖書にあります。

 

キリストが来られるという携挙の前に死ぬ場合には、

魂を先に神の国にふさわしく完成させてくださり、

体は携挙の時に完成させてくださいます

死ぬ前に携挙がある場合は、魂も体も一緒に

神の国の体である栄光の体に完成させてくださいます。

 

ステップ1

イエスをキリストと信じ、主イエスの信仰によって義と認められた者を、

ステップ2

主の御力によって聖められ、

ステップ3

かの日には主の力によって、栄光の体にしてくださいます。

 

その根拠となる聖書の名言がこれらです。

被造物の待ち望み2

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第一コリント人への手紙1章8節

1:8主もまた、あなたがたを最後まで堅くささえて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、責められるところのない者にして下さるであろう。

【KJV】
1Co
1:8 Who shall also confirm you unto the end, that ye may be blameless in the day of our Lord Jesus Christ.

ローマ人への手紙

8:28神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

8:29神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

8:30そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

King James Version ROM
8:28 And we know that all things work together for good to them that love God, to them who are the called according to his purpose.
8:29 For whom he did foreknow, he also did predestinate to be conformed to the image of his Son, that he might be the firstborn among many brethren.
8:30 Moreover whom he did predestinate, them he also called: and whom he called, them he also justified: and whom he justified, them he also glorified.

 

ローマ人への手紙8章28節

神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

King James Version ROM
8:28 And we know that all things work together for good to them that love God, to them who are the called according to his purpose.

この28節のみ言葉は、失敗した時、問題の中にある時に、なぐさめになる言葉で、28節だけを取って用いられる愛されているみ言葉なのですが、実は文脈から見てみると8章の30節にかかっている言葉で、

ローマ人への手紙8章30節

そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

King James Version 
Rom
8:30 Moreover whom he did predestinate, them he also called: and whom he called, them he also justified: and whom he justified, them he also glorified.

このためにあります。

私たち自身に身も魂も栄光の体を与えてくださるため、

神様の目には、すでに完了していて、栄光をあたえてくださったとなっています。

今ある問題は、将来の栄光の為に、どんなことでも働かせて益となるのです。

 

天の国で栄光の体を受ける為です。完成されるためです。完了形なので、神様の愛の目にはもうすでに益となり、栄光を受けている私たちが見えているという現実です。

 

今、自分の罪を悲しんで悔い改めることが出来たことを感謝しましょう。

今、自分が貧しいものだと自覚できたことを感謝しましょう。

今、病気をして、仕事ができないなどの問題も感謝しましょう。

意味がないことは一つもありません。

今、愛することが出来なくて、悔い改めたことも感謝な事です。

すべて、かの日の栄光の為に、今があるのだと思います。

この経験がなかったら、気が付かなかった高慢があり、

この経験がなかったら、気が付かなかった感謝があります。

 

かの日の、栄光の日に今を回想すると・・・

(余談ですが「かの日」とは、「彼の日」と書くのですね。彼の日、つまりイエス・キリストの再臨の日と私には聞こえます。歴史もhistory 彼のストーリー イエス・キリストの物語ですね。漢字も英語も、初めに言葉があったという聖書の名言との不思議な繋がりを感じます。)

 

話を戻します 彼の日に私たちが栄光を受けた時に、今の困難な状況を回想しているとして、

思い浮かばないほど、すばらしいことで、

今は、おぼろげに想像することしかできなくても、

その日には、すべてが激しく感謝に変わるのだと想像します。

 

だからこれらも聖書の名言集が、力強く励ましを与えるのです。

 

ピリピ人への手紙3章20節

しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。

【KJV】
Phi
3:20 For our conversation is in heaven; from whence also we look for the Saviour, the Lord Jesus Christ:

 

ピリピ人への手紙3章21節

彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

【KJV】
Phi
3:21 Who shall change our vile body, that it may be fashioned like unto his glorious body, according to the working whereby he is able even to subdue all things unto himself.

その日にはイエス様と同じ栄光の体を与えられるという約束です。

 

ローマ書8章は大好きな個所です。

辛い時はこれを口ずさむと、目先のことではない希望が湧いてきます。

 

ローマ人への手紙8章14節から25節

8:14すべて神の御霊に導かれている者は、すなわち、神の子である。

8:15あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、わたしたちは「アバ、父よ」と呼ぶのである。

8:16御霊みずから、わたしたちの霊と共に、わたしたちが神の子であることをあかしして下さる。

8:17もし子であれば、相続人でもある。神の相続人であって、キリストと栄光を共にするために苦難をも共にしている以上、キリストと共同の相続人なのである。

8:18わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない

 8:19被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる

 8:20なぜなら、被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによるのであり、

 8:21かつ、被造物自身にも、滅びのなわめから解放されて、神の子たちの栄光の自由に入る望みが残されているからである。

 8:22実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けていることを、わたしたちは知っている。

 8:23それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。 

8:24わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

 8:25もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

King James Version 
Rom
8:14 For as many as are led by the Spirit of God, they are the sons of God.
8:15 For ye have not received the spirit of bondage again to fear; but ye have received the Spirit of adoption, whereby we cry, Abba, Father.
8:16 The Spirit itself beareth witness with our spirit, that we are the children of God:
8:17 And if children, then heirs; heirs of God, and joint-heirs with Christ; if so be that we suffer with him, that we may be also glorified together.
8:18 For I reckon that the sufferings of this present time are not worthy to be compared with the glory which shall be revealed in us.
8:19 For the earnest expectation of the creature waiteth for the manifestation of the sons of God.
8:20 For the creature was made subject to vanity, not willingly, but by reason of him who hath subjected the same in hope,
8:21 Because the creature itself also shall be delivered from the bondage of corruption into the glorious liberty of the children of God.
8:22 For we know that the whole creation groaneth and travaileth in pain together until now.
8:23 And not only they, but ourselves also, which have the firstfruits of the Spirit, even we ourselves groan within ourselves, waiting for the adoption, to wit, the redemption of our body.
8:24 For we are saved by hope: but hope that is seen is not hope: for what a man seeth, why doth he yet hope for?
8:25 But if we hope for that we see not, then do we with patience wait for it.

壮大な神様のご計画を感謝します。人間だけでなく、被造物全体が、神の子たちの現れるのを持ち望んでいます。

それは、神の養子とされた神の子たちが完成することを待ち望んでいるということです。

被造物の待ち望み3

 

 

ローマ人への手紙12章9節から12節

12:9愛には偽りがあってはならない。悪は憎み退け、善には親しみ結び、 

12:10兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。 1

2:11熱心で、うむことなく、霊に燃え、主に仕え、 

12:12望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。

King James Version 
Rom
12:9 Let love be without dissimulation. Abhor that which is evil; cleave to that which is good.
12:10 Be kindly affectioned one to another with brotherly love; in honour preferring one another;
12:11 Not slothful in business; fervent in spirit; serving the Lord;
12:12 Rejoicing in hope; patient in tribulation; continuing instant in prayer;

 

ローマ人への手紙5章1節から10節

5:1このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

 5:2わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる

 5:3それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、

 5:4忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。

 5:5そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

 5:6わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。

 5:7正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。 

5:8しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。

5:9わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。

 5:10もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。

King James Version 
5:1 Therefore being justified by faith, we have peace with God through our Lord Jesus Christ:
5:2 By whom also we have access by faith into this grace wherein we stand, and rejoice in hope of the glory of God.
5:3 And not only so, but we glory in tribulations also: knowing that tribulation worketh patience;
5:4 And patience, experience; and experience, hope:
5:5 And hope maketh not ashamed; because the love of God is shed abroad in our hearts by the Holy Ghost which is given unto us.
5:6 For when we were yet without strength, in due time Christ died for the ungodly.
5:7 For scarcely for a righteous man will one die: yet peradventure for a good man some would even dare to die.
5:8 But God commendeth his love toward us, in that, while we were yet sinners, Christ died for us.
5:9 Much more then, being now justified by his blood, we shall be saved from wrath through him.
5:10 For if, when we were enemies, we were reconciled to God by the death of his Son, much more, being reconciled, we shall be saved by his life.

 

詩編16章8節

わたしは常に主をわたしの前に置く。
主がわたしの右にいますゆえ、
わたしは動かされることはない。

King James Version 
Psa
16:8 I have set the LORD always before me: because he is at my right hand, I shall not be moved.

 

 第一ヨハネの手紙3章2節

愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。

【KJV】
1Jo
3:2 Beloved, now are we the sons of God, and it doth not yet appear what we shall be: but we know that, when he shall appear, we shall be like him; for we shall see him as he is.

私達は将来キリストの似姿になることを聖書から知っています。

先のことをおぼろげながらでも知ることが出来て、

少しでも見通しがあって生きられるのは、幸せなことです。

救われるかもしれないではなく、聖められるかもしれないではなく、

救いは完了して、救われました。

現在進行形で主に助けられ聖められています。

私達には父なる神がいてくださる。神の子どもとされています。

将来はキリストの似姿になると分かっています。

この希望は失望に終わることはありません。

アーメン 感謝します \(^o^)/

感謝します

ピリピ人への手紙2章1節から18節
2:1そこで、あなたがたに、キリストによる勧め、愛の励まし、御霊の交わり、熱愛とあわれみとが、いくらかでもあるなら、 
2:2どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。 
2:3何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって互に人を自分よりすぐれた者としなさい。 
2:4おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい。 
2:5キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。
 2:6キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、 2:7かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、
 2:8おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。 
2:9それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。
 2:10それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、
 2:11また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。
2:12わたしの愛する者たちよ。そういうわけだから、あなたがたがいつも従順であったように、わたしが一緒にいる時だけでなく、いない今は、いっそう従順でいて、恐れおののいて自分の救の達成に努めなさい。
 2:13あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。 
2:14すべてのことを、つぶやかず疑わないでしなさい。
 2:15それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子となるためである。あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。
 2:16このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことがむだでなく、労したこともむだではなかったと誇ることができる
 2:17そして、たとい、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、わたしの血をそそぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなたがた一同と共に喜ぼう。 
2:18同じように、あなたがたも喜びなさい。わたしと共に喜びなさい。
【KJV】
Phi
2:1 If there be therefore any consolation in Christ, if any comfort of love, if any fellowship of the Spirit, if any bowels and mercies,
2:2 Fulfil ye my joy, that ye be likeminded, having the same love, being of one accord, of one mind.
2:3 Let nothing be done through strife or vainglory; but in lowliness of mind let each esteem other better than themselves.
2:4 Look not every man on his own things, but every man also on the things of others.
2:5 Let this mind be in you, which was also in Christ Jesus:
2:6 Who, being in the form of God, thought it not robbery to be equal with God:
2:7 But made himself of no reputation, and took upon him the form of a servant, and was made in the likeness of men:
2:8 And being found in fashion as a man, he humbled himself, and became obedient unto death, even the death of the cross.
2:9 Wherefore God also hath highly exalted him, and given him a name which is above every name:
2:10 That at the name of Jesus every knee should bow, of things in heaven, and things in earth, and things under the earth;
2:11 And that every tongue should confess that Jesus Christ is Lord, to the glory of God the Father.
2:12 Wherefore, my beloved, as ye have always obeyed, not as in my presence only, but now much more in my absence, work out your own salvation with fear and trembling.
2:13 For it is God which worketh in you both to will and to do of his good pleasure.
2:14 Do all things without murmurings and disputings:
2:15 That ye may be blameless and harmless, the sons of God, without rebuke, in the midst of a crooked and perverse nation, among whom ye shine as lights in the world;
2:16 Holding forth the word of life; that I may rejoice in the day of Christ, that I have not run in vain, neither laboured in vain.
2:17 Yea, and if I be offered upon the sacrifice and service of your faith, I joy, and rejoice with you all.
2:18 For the same cause also do ye joy, and rejoice with me.

 

それですので、安心して日々、救いの達成に努めたいと思います。

聖書はそれ自体、すばらしい名言集です。

私は、これからも聖書の名言集をご紹介したいと思うのですが、

聖書を実際に手に取って読まれることをお勧めします。

きっとあなたの日ごとの糧となっていくことと思います。

 

主にあって、友喜

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