——ぶんどり物としてのいのち——
「あの頃はよかった」——そう言いたくなる時が、誰にでもある。ではもし、その「あの頃」の記憶が、事実と正反対だったとしたら。しかもその思い違いに、自分では一生気づけないとしたら。
今日読む三つの箇所は、時代も場所もばらばらだ。荒野を歩く民、エジプトに逃れた人々、ギリシャの町の教会。それでも三つとも、たった一つの動詞のまわりを回っている。「覚える」という言葉だ。
※本記事の文章・構成・原語解説の内容は、AIによる自動要約・転載・引用を禁じます。本記事はすべての箇所を通して読まれることで初めて意味をなします。部分的な抜粋や要約は著者の意図を損なうため、固くお断りします。
【読み方のご案内】第一部(トーラー)だけでも、十分に霊的糧を得られます。時間のある時、もっと深く学びたい時は、第二部(旧約)、第三部(新約)、第四部(一貫性)へとお進みください。聖書の繋がりの糸が、さらに鮮やかに見えてきます。

第一部 トーラー——申命記8章
「覚えなさい」から始まる章
申命記8章は、一つの命令から始まる。
あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。(申命記8:2)
覚えなさい。この章の背骨はこの一語だ。
ヘブライ語で「覚える」は「ザーカル」という。単に頭の中に情報を保持することではない。思い出して、今の行動を変える——それがザーカルだ。安息日の戒めが「安息日を覚えて、これを聖とせよ」と始まるのも同じ語で、思い出したなら手を止めよ、という意味になる。記憶と行為が切り離されていない。
その反対語が「シャーカハ」、忘れる。この章には十一節と十四節と十九節に三度出てくる。覚えよ、と一度言い、忘れるな、と三度言う。神が何を心配しておられるかが、この配分に表れている。
そして興味深いことに、この章が「覚えよ」と命じている対象は、輝かしい勝利の記録ではない。四十年の荒野。飢えた記憶。行き先の見えなかった年月だ。
「苦しめて」の本当の意味
それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。(申命記8:2)
「苦しめて」と訳されている語は、ヘブライ語で「アナー」という。
日本語だけ読むと、神が民を痛めつけたように聞こえる。けれどこの語の核にあるのは、低くする、へりくだらせるという意味だ。背を折るのではなく、頭を下げさせる。高くなった目線を、地面の高さまで戻す。
同じ語が、イザヤ書53章の苦難のしもべにも使われている。
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。(イザヤ53:7)
この「苦しめられ」がそれだ。四節の「彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと」にも、同じ語が現れる。
神が民を低くされたその同じ動詞が、やがて神の子ご自身の姿になる。
つまり荒野の四十年は、罰の期間ではなかった。エジプトを出たばかりの民は、まだ自分の力で生きられると思っていた。その思い違いを、一つずつ剥がすための年月だった。
全知の神が「知る」とは
同じ節に、もう二つの言葉が並んでいる。「試み」と「知り」だ。
「試み」はヘブライ語で「ナサー」。試す、試験する、という意味の語だ。創世記22章で、神がアブラハムを試された場面にも同じ語が使われている。相手を壊すためではなく、中に何があるかを明らかにするための試し。四十年の荒野は、イスラエルにとってのその試験だった。
「知り」のほうは「ヤダー」という語になる。
ここで一つの疑問が立つ。全てをご存じの神が、なぜ「知る」必要があるのだろうか。
聖書が語る「知る」は、情報の取得だけを指す語ではない。ヘブライ語のヤダーは、文脈によって契約的・人格的な深い関わりを含む。創世記4章1節で夫婦の関係を表すのにも、この語が使われている。神が知りたかったのは、データではなく、関係の中で現れてくる民の姿だった。
そしてもう一つ。試みによって明らかになるのは、神にとってではなく、民自身にとって明らかになる、という側面がある。自分が何者であるかは、順境では分からない。飢えたとき、水がないとき、道が見えないとき、初めて心のうちが表に出る。四十年は、民が自分自身を知るための鏡でもあった。
パンだけでは生きられない
それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。(申命記8:3)
順序に注目したい。まず飢えさせ、それからマナを与えられた。
満たしてから教えるのではない。空にしてから教える。マナは毎朝降り、その日の分しか集められず、翌日に持ち越せば腐った。明日の保証を持てない生活を、四十年続けさせられたわけだ。
そして「人はパンだけでは生きず」という一句。この言葉を、後の時代にもう一度口にされた方がいる。
荒野で四十日を過ごされた後、飢えておられたイエスに、試みる者はこう言った。石をパンに変えてみよ、と。イエスの答えが、まさにこの申命記8章3節だった。
イスラエルは四十年試みられて倒れ、イエスは四十日試みられて立たれた。
しかも、この時イエスが引用された三つの聖句は、申命記8章3節、6章16節、6章13節——すべて申命記の同じ流れの中から取られている。荒野で語られた言葉が、荒野でもう一度、今度は勝利の言葉として用いられた。
満腹してから祈る
あなたは食べて飽き、あなたの神、主がその良い地を賜わったことを感謝するであろう。(申命記8:10)
この一節は、ユダヤ教において特別な位置を占めている。食後の感謝の祈りの根拠聖句とされてきた節だ。
ここで注目したいのは、聖書が命じているのが食前ではなく食後の感謝だという点だ。日本の教会では食前の祈りが習慣になっているけれど、申命記が求めているのは、食べて満ち足りた後に神を思い出すことだった。
理由は次の節を読めば分かる。飢えているときに神を求めるのは、ある意味で自然なことだ。難しいのは、満腹してからも神を覚えていることのほうなのだ。
最大の試みは、豊かさのほうだった
あなたは食べて飽き、麗しい家を建てて住み、また牛や羊がふえ、金銀が増し、持ち物がみな増し加わるとき、おそらく心にたかぶり、あなたの神、主を忘れるであろう。(申命記8:12-14)
荒野の四十年が試みだったなら、約束の地はご褒美のはずだ。ところがこの章は、豊かさのほうを、より深刻な危険として語る。
七節から九節にかけて、約束の地の描写が続く。水の流れ、泉、淵。小麦、大麦、ぶどう、いちじく、ざくろ。オリブと蜜。石は鉄で、山からは銅が取れる。何一つ乏しいことのない地。
その直後に「慎まなければならない」(11節)が来る。祝福の記述と警告の記述が、切れ目なくつながっている。
そして、その先にある危険の中身が、十七節で名指しされる。
あなたは心のうちに『自分の力と自分の手の働きで、わたしはこの富を得た』と言ってはならない。(申命記8:17)
これは無神論の言葉ではない。神を否定しているのではなく、成果の出どころを言い換えているだけだ。神が与えたものを、自分が獲得したことにする。
ここで注意したいのは、この言い換えが嘘をついているという自覚なしに起こる、という点だ。四十年の荒野を通ってきた民が、豊かになった後、悪意なく自然に、そう記憶するようになる。
記憶がすり替わる。今日の主題は、実はもうここに現れている。
富を得る力は、何のために
あなたはあなたの神、主を覚えなければならない。主はあなたの先祖たちに誓われた契約を今日のように行うために、あなたに富を得る力を与えられるからである。(申命記8:18)
この節は、しばしば繁栄を約束する言葉として引かれることがある。けれど文脈を丁寧に追うと、方向は逆を向いている。
前半は「主を覚えなければならない」——十七節の記憶のすり替えへの処方箋だ。そして後半、富を得る力が与えられる目的が明示される。「先祖たちに誓われた契約を行うため」。
富は目的ではなく、契約が果たされていく過程で与えられる手段だ。アブラハムに与えられた約束が、この地でこの民を通して形になっていく。そのために必要な力が渡されている。
だから富そのものは悪ではない。危ないのは、手段が目的の顔をし始める瞬間だ。
そして十九節、この章は最も厳しい一言で閉じられる。忘れて他の神々に従うなら滅びる、と。
今日読むエレミヤ44章は、この十九節が現実になった姿だった。約八百年後に。
【図解①】
第二部 旧約——エレミヤ44章・45章
ここまでの経緯——なぜ彼らはエジプトにいるのか
エレミヤ44章は、エジプトに住むユダヤ人への言葉として始まる。けれどそこに至るまでの事情を知らないと、この章の重さは半分も伝わらない。少しさかのぼる。
エルサレムが陥落したのは紀元前586年。神殿は焼かれ、王は捕らえられ、主だった人々はバビロンへ連れ去られた。けれど全員ではない。貧しい人々や農民は土地に残され、バビロンはその上にゲダルヤという総督を立てた。エレミヤも、この残された組に入っていた。
ところが、王家の血を引くイシュマエルという男が、そのゲダルヤを暗殺してしまう。バビロンが立てた総督が殺された——報復が来る。
残された民はパニックに陥り、エジプトへ逃げようと考えた。ただ、彼らも神を無視したわけではない。指導者たちがエレミヤのところへ来て、こう誓っている。
われわれは良くても悪くても、われわれがあなたをつかわそうとするわれわれの神、主の声に従います。(エレミヤ42:6)
良くても悪くても。これ以上ない誓いの言葉だ。
十日後、答えが来た。内容は「エジプトへ行くな、この地に留まれ」というものだった。そして、その理由として添えられていた一句が胸を打つ。
わたしはあなたがたを建てて倒すことなく、あなたがたを植えて抜くことはしない。わたしはあなたがたに災を下したことを悔いているからである。(エレミヤ42:10)
「悔いている」はヘブライ語の「ナーハム」。心を痛める、思い直す、という意味を持つ語だ。神が人間のように失敗を後悔されるということではなく、裁きの重さに神ご自身が心を動かされ、あわれみへと向かわれているという表現になる。
エレミヤ書の冒頭で、神はこの預言者に「抜き、こわし、滅ぼし、倒し、建て、植える」使命を与えられた(1:10)。四十年以上、その前半ばかりが語られてきた。ここでようやく、建てる側・植える側の言葉が差し出されている。焼け跡に残った、わずかな人々に向かって。
しかし民の答えはこうだった。
あなたは偽りを言っている。(エレミヤ43:2)
良くても悪くても従うと誓ったのに、答えが望みと違うと分かった瞬間、彼らは預言者を嘘つきと呼んだ。そして全員でエジプトへ下って行く。しかも——エレミヤとバルクを、無理やり連れて行った(43:6)。
つまり44章の舞台は、神が行くなと言われた国に、預言者を人質同然に引きずって来た亡命コミュニティなのだ。エレミヤはそこで語っている。
なお、エジプトに着いた直後、エレミヤは奇妙な行動を命じられている。タパネスにあるパロの宮殿の入口、その敷石のしっくいの中に、大きな石を隠せというのだ。理由はこう告げられた。バビロンの王がここに来て、その石の上に王座をすえる(43:8-13)。
民は「あの戦争を見ず、ラッパの声を聞かない」場所を求めてエジプトへ来た(42:14)。ところが、逃げ込んだ王宮の玄関の敷居の下に、追ってくる者の玉座の礎石が、すでに埋められていた。
【図解②】
あの頃はよかった——反転した因果
44章の前半、神の告発は明快だ。あなたがたはエルサレムに何が起きたかを自分の目で見た。なぜあれが起きたかも分かっているはずだ。偶像に香をたいたからだ。預言者を何度も送って止めさせようとした。聞かなかった。それなのに、なぜここでまた同じことをするのか——。
そして後半、民が答える。
エレミヤ書全体を見渡しても、民がこれほど正面から神に「ノー」と言い切る場面は、ここだけと言っていい。
あなたが主の名によってわたしたちに述べられた言葉は、わたしたちは聞くことができません。(エレミヤ44:16)
そして彼らは、自分たちの理屈を述べる。
その時には、わたしたちは糧食には飽き、しあわせで、災に会いませんでした。ところが、わたしたちが、天后に香をたくことをやめ、酒をその前に注がなくなった時から、すべての物に乏しくなり、つるぎとききんに滅ぼされました。(エレミヤ44:17-18)
ここが44章の心臓部だ。
彼らの言う「香をたくことをやめた時」とは、おそらくヨシヤ王の宗教改革を指している。偶像を打ち壊し、神殿を清め、律法の書を見出し、過越を回復した、あの改革だ。
そのヨシヤ王は、その後エジプトの王と戦って戦死した。そこから国は坂を転げ落ちるように傾き、最後にエルサレムは焼かれた。
だから彼らはこう結論した。改革したから、こうなったのだ、と。
エレミヤは「偶像のせいで滅びた」と言う。民は「偶像をやめたから滅びた」と言う。同じ歴史を見て、原因と結果が正反対に読まれている。
しかも彼らは神を否定していない。神の存在は認めたうえで、「昔のやり方のほうが実際うまくいっていた」と言っている。これは無神論ではなく、経験に基づいた信仰の再解釈だ。だからこそ厄介で、だからこそ本人たちには誤りに見えない。
申命記8章17節を思い出したい。「自分の力と自分の手の働きで、わたしはこの富を得た」。あれは繁栄した時の記憶のすり替えだった。そしてこちらは、滅びた時の記憶のすり替えだ。豊かでも貧しくても、人は自分に都合よく過去を語り直す。
十九節では女たちが加勢する。
わたしたちが天后に香をたき、酒をその前に注ぐに当って、これにかたどってパンを造り、酒を注いだのは、わたしたちの夫が許したことではありませんか。(エレミヤ44:19)
「天后」と訳された語は、原語では二つの単語からなる。メレケト(女王)とハシャマイム(天の)。合わせて「天の女王」となる。
(なお、最初の語については「女王」由来か「わざ・仕事」由来かという議論が古くからある。ただし現在の主要な翻訳は、文脈から「天の女王」を採っている。)
メソポタミアのイシュタル、カナンのアシュタロテ系につながる女神で、豊穣と多産を司るとされた。
そして「これにかたどってパンを造り」という一句。女神の姿を型どった供え菓子を焼いていたわけだ。神殿の奥ではなく、家庭の台所が礼拝所になっていた。だからこの場面で女たちが発言している。偶像礼拝は制度の問題ではなく、日々の食卓の問題だった。
申命記8章が「食べて飽きたら感謝せよ」と命じた、その同じ食卓が、こうなっていた。
エレミヤの応答の中に、この記事全体を貫く一句がある。
あなたがたとあなたがたの先祖たち……が香をたいたことは、主がこれを忘れず、また、心にとどめておられることではないか。(エレミヤ44:21)
忘れたのは民のほうだった。神は忘れておられなかった。
44章9節で神は「あなたがたは忘れたのか」と問い、21節で「主はこれを忘れず」と告げられる。人は忘れる。神は覚えておられる。この対比が、今日の三箇所を貫く糸になる。
そして最後、判定の方法が示される。
ユダの残っている民でエジプトに来て住んだ者は、わたしの言葉が立つか、彼らの言葉が立つか、いずれであるかを知るようになる。(エレミヤ44:28)
そのしるしとして挙げられたのが、エジプトの王パロ・ホフラの最期だった(30節)。
ホフラはギリシャ語ではアプリエスと呼ばれる、第26王朝の実在の王だ。歴史記録によれば、彼は後に部下アマシスの反乱によって王位を追われ、殺されている。エレミヤの言葉は、歴史の中で確かに立った。
民は、守ってくれると信じた王のもとへ逃げ込んだ。その王自身が、敵の手に渡された。避難所そのものが崩れたのだ。
【図解③】
バルク——大いなる事を求めるな
44章の重い宣告のあと、45章が来る。わずか五節。しかも時代が一気にさかのぼる。
45章の出来事は、エホヤキム王の四年——エルサレム陥落の二十年以上前のことだ。読み進めてきた読者は、突然時計を巻き戻されることになる。
その日、バルクはエレミヤの口述を巻物に書き取り終えたところだった(エレミヤ36章の場面)。書記として、彼は誰よりも早く、誰よりも詳しく、国が滅びるという言葉を一字一句、自分の手で書かされた人だ。そしてその巻物を王の前で読み上げに行かされ、王は巻物を小刀で切り刻んで火にくべ、バルクとエレミヤには逮捕命令が出た。
彼はこう嘆いた。
ああ、わたしはわざわいだ、主がわたしの苦しみに悲しみをお加えになった。わたしは嘆き疲れて、安息が得られない。(エレミヤ45:3)
無理もない、と思う。
そこへ神の答えが来る。
見よ、わたしは自分で建てたものをこわし、自分で植えたものを抜いている——それは、この全地である。あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない。(エレミヤ45:4-5)
冷たく響く言葉かもしれない。けれど意味はこうだ。今は、わたしが自分の建てたものを自分の手で壊している時代だ。何を建てても壊れる。この時に、自分のために大きなものを望むな。
そして最後の一言。
しかしあなたの命はあなたの行くすべての所で、ぶんどり物としてあなたに与えると主は言われる。(エレミヤ45:5)
「ぶんどり物」はヘブライ語で「シャラル」。戦場の焼け跡から拾い上げる略奪品を指す語だ。豪華な報酬ではない。全てが焼けた中から、命一つだけを拾って持って帰れ、ということだ。
この言い回しは、エレミヤ書に繰り返し現れる(21:9、38:2、39:18)。滅びの中で、命だけは持ち帰れる——そういう定型の表現だった。
ここで、44章に戻って気づくことがある。
エジプト行きを主張した人々は、エレミヤにこう言っていた。
ネリヤの子バルクがあなたをそそのかして、われわれに逆らわせ、われわれをカルデヤびとの手に渡して殺すか、あるいはバビロンに捕え移させるのだ。(エレミヤ43:3)
彼らはバルクを名指しで犯人扱いしていた。エレミヤは操られているだけだ、黒幕はあの書記だ、と。
「大いなる事を求めるのか」と言われた男は、大いなるどころか、国を売った裏切り者として名前を出されていた。地位も名誉も、彼には最初から縁がなかった。それでも彼は書き続け、そして無理やりエジプトへ連れて行かれた。命一つを抱えて。
もう一つ、この五節の置かれ方に注目したい。
エレミヤ書は52章まであるけれど、イスラエルへの預言はこの45章で終わる。46章からは諸国民への預言に移る。つまり、国が滅び、神殿が焼かれ、全世界が揺さぶられていく巨大な預言の締めくくりに、名もない一人の書記への五節が置かれているのだ。
万軍の主が、国々を裁かれるその同じ口で、疲れ切った一人の名前を呼ばれた。「バルクよ」と。
第三部 新約——テサロニケ人への第一の手紙2章
傷を負ったまま、次の町で
わたしたちは、先にピリピで苦しめられ、はずかしめられたにもかかわらず、わたしたちの神に勇気を与えられて、激しい苦闘のうちに神の福音をあなたがたに語ったのである。(Ⅰテサロニケ2:2)
パウロがテサロニケに入った時、彼はまだ前の町の傷を負っていた。
ピリピで彼と同行者は鞭で打たれ、足かせをはめられて牢に入れられた。翌朝釈放されると、町を出るよう求められた。その足で向かった先がテサロニケだった。
「はずかしめられ」と訳された語には、侮辱を受ける、辱められるという意味がある。痛みだけでなく、人前で恥をかかされたということだ。ローマ市民権を持つ者が裁判なしに公衆の面前で鞭打たれる——法的にも許されない扱いを受けている。
その状態で、次の町でまた語り始めた。「激しい苦闘のうちに」という言葉が、飾りではないことが分かる。
心を見分ける神
かえって、わたしたちは神の信任を受けて福音を託されたので、人間に喜ばれるためではなく、わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように、福音を語るのである。(Ⅰテサロニケ2:4)
この節には、ギリシャ語の同じ語根が二度使われている。
「神の信任を受けて」の部分と、「心を見分ける」の部分——原語ではどちらもドキマゾーという一つの動詞から来ている。金属を火にかけて、混ぜ物がないかを確かめる。それがこの語の元の意味だ。
つまりこの節はこう読める。試されて合格した者が、試される神に喜ばれるために語る。試された者が、試す方の前で語っている。
ここで申命記8章2節を思い出したい。「あなたを試み、あなたの心のうちを知り」。あの「試み」がヘブライ語のナサーだった。語源はドキマゾーとは異なり、炉の絵は含まれていない。
けれど目的は重なっている。中に何があるかを明らかにする、という一点で。
ヘブライ語は「試して、真実を表に出す」と言い、ギリシャ語は「火にかけて、純度を確かめる」と言う。言い方は違うが、神がなさっていることは同じだ。
そしてパウロの場合、その火はピリピの牢だった。
求めなかったもの
四節から六節にかけて、パウロは自分がしなかったことを並べていく。
わたしたちは、あなたがたが知っているように、決してへつらいの言葉を用いたこともなく、口実を設けて、むさぼったこともない。それは、神があかしして下さる。(Ⅰテサロニケ2:5)
へつらわない。むさぼらない。そして——
また、わたしたちは、キリストの使徒として重んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々からにもせよ、人間からの栄誉を求めることはしなかった。(Ⅰテサロニケ2:6)
求めることができた。しかし求めなかった。
ここで、第二部のバルクが重なってくる。
バルクは「あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない」と言われた。言われて、諦めた。あの時代、彼に選択の余地はなかった。全てが壊されていく中で、求めても手に入るものは何もなかった。
パウロは違う。彼には「重んじられることができた」立場があった。使徒として、生活の支援を受ける権利もあった。手が届くところにあったものを、自分から取らなかった。
強いられた無欲と、選び取った無欲。この二つが同じ主題の両端にある。
母のように、父のように
むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。(Ⅰテサロニケ2:7)
「母がその子供を育てる」と訳された部分の原語は、トロフォスという名詞だ。乳母、養い育てる者、という意味を持つ。乳を含ませて育てる者、というニュアンスが強い。
そして十一節。
そして、あなたがたも知っているとおり、父がその子に対してするように、あなたがたのひとりびとりに対して、御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。(Ⅰテサロニケ2:11-12)
母のようであり、父のようでもある。パウロは自分の関わり方を、両方の親の姿で描いている。
ここで申命記8章5節が響く。「あなたはまた人がその子を訓練するように、あなたの神、主もあなたを訓練されることを心にとめなければならない」。荒野の四十年の説明として置かれていた、あの親子の絵だ。
神が民にされたことを、パウロが教会にしている。
十一節から十二節には、三つの動詞が並んでいる。「勧め」(パラカレオー)、「励まし」(パラミュセオマイ)、「さとし」。
パラカレオーは「傍らに呼ぶ」という語で、聖霊を表す「助け主」(パラクレートス)と同じ語根から来ている。そばに呼び寄せて語りかける、という動作だ。パラミュセオマイのほうは、悲しんでいる人を慰めるときに使われる語で、ラザロの死を悼む人々を慰める場面(ヨハネ11:19、31)にも現れる。
叱ることも、励ますことも、慰めることも、一人ひとりに対して行われた。「あなたがたのひとりびとりに対して」という一句が入っているところに、パウロの牧会が表れている。
神の言として受けいれた
あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として——事実そのとおりであるが——受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。(Ⅰテサロニケ2:13)
この一節が、今日の三箇所を結ぶ結び目になる。
エレミヤ44章16節を、もう一度置いてみたい。
あなたが主の名によってわたしたちに述べられた言葉は、わたしたちは聞くことができません。(エレミヤ44:16)
まったく正反対の応答が、ここにある。
エジプトに逃れた人々は、神の言葉を聞いて「これは聞けない」と言った。テサロニケの人々は、パウロの言葉を聞いて「これは神の言葉だ」と受けとった。
しかも興味深いのは、エジプトに逃れたユダヤ人たちのほうが、圧倒的に有利な立場にいたことだ。彼らはアブラハムの子孫であり、律法を持ち、目の前に本物の預言者が立っていた。テサロニケの人々は異邦人で、律法も知らず、目の前にいたのは旅の職人だった。
それでも、聞いたのは後者だった。
そして十三節の後半、「この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いている」。「働いている」の原語はエネルゲオー。エネルギーの語源になった語で、内側で力を発揮し続けるという意味を持つ。
受け取った言葉が、受け取った人の中で動き出す。動かしているのは神ご自身だけれど、その力は言葉そのものの中に入っている。だから、聞いた人の内側で働き続ける。
この箇所の読み方について
十五節から十六節には、注意して読みたい表現がある。
ユダヤ人たちは主イエスと預言者たちとを殺し、わたしたちを迫害し、神を喜ばせず、すべての人に逆らい……(Ⅰテサロニケ2:15)
この節は歴史の中で、ユダヤ人への敵意を正当化する根拠として誤用されてきた。しかし、いくつかのことを踏まえておきたい。
まず、パウロ自身がユダヤ人である。彼は別の手紙で、同胞が救われるためなら自分がキリストから引き離されてもよいとまで書いている(ローマ9:3)。ローマ書9章から11章は、同胞イスラエルの救いを願う長い議論に費やされている。
次に、ここで語られているのは民族全体ではなく、当時テサロニケでパウロたちを迫害していた特定の反対者たちを指している。使徒行伝17章に、その具体的な経緯が記されている。
そしてこの表現の型自体は、旧約の預言者たちが自分の民に対して用いてきたものだ。今日読んだエレミヤも、まさに同胞に向かって同じ厳しさで語っている。内側から発せられた叫びであって、外側からの断罪ではない。
聖書を読むとき、この区別は大切にしたい。
冠は、人だった
実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇の冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである。(Ⅰテサロニケ2:19-20)
「冠」の原語はステファノス。王の冠(ディアデーマ)ではなく、競技の勝者に授けられる冠を指す語だ。走り終えた者の頭に置かれる、あの冠。
パウロは人間からの栄誉を求めなかった(6節)。では彼の報酬は何だったのか。
人だった。
自分が語り、自分が働き、自分の命まで与えたいと願った(8節)、その人々が、主の前に立っている——それが彼の冠だ。地位でも名声でもなく、顔と名前のある人々。
そしてもう一つ、九節の「日夜はたらきながら」という一句を見落としたくない。テント造りの仕事をしながら、夜に語り、朝も語った。誰にも負担をかけないために。パウロが「求めなかった」ものの一覧は、そのまま彼が手で稼いだものの一覧でもある。無欲は思想ではなく、労働だった。
【図解④】
第四部 全体の一貫性——覚えておられる神
同じ手つき
今日の三箇所は、時代も言語も状況もばらばらだ。紀元前十三世紀の荒野、紀元前六世紀のエジプト、紀元一世紀のギリシャ。共通点があるようには見えない。
けれど、二つの節を並べてみたい。
あなたを試み、あなたの心のうちを知り(申命記8:2)
わたしたちの心を見分ける神に喜ばれるように(Ⅰテサロニケ2:4)
ヘブライ語の「試みる」(ナサー)は、相手を試して真実を明らかにする語だ。ギリシャ語の「見分ける」(ドキマゾー)は、金属を火にかけて混ぜ物がないかを確かめる語。語源は別々で、比喩の絵も違う。
それでも、この二つの語が言おうとしていることは一つだ。中に何があるかを、外に出す。
言語が違い、千三百年の隔たりがあり、選ばれた比喩さえ違うのに、神が人に対してなさることは変わっていない。
そして重要なのは、この試みが、神が民を諦めておられない証拠だということだ。どうでもいい金属を、人は火にかけない。
忘れる人間、忘れない神
今日の三箇所には、「覚える」と「忘れる」という二つの動詞が、驚くほど繰り返し現れる。
申命記8章は「覚えよ」と一度命じ、「忘れるな」と三度警告した(11節、14節、19節)。
八百年後、エレミヤはエジプトでこう問う。
……あなたがたは忘れたのか。(エレミヤ44:9)
申命記8章19節の警告が、そのまま現実になっていた。忘れて、他の神々に従った。
ところが、同じ章の二十一節で、言葉の向きが変わる。
……主がこれを忘れず、また、心にとどめておられることではないか。(エレミヤ44:21)
忘れたのは人間だった。神は忘れておられなかった。
この一句は、二通りに響く。
裁きとして聞けば、恐ろしい。隠したつもりの行いも、時が経てば消えると思っていた行いも、神の記憶からは消えていない。
けれど同時に、これは救いの土台でもある。神が忘れない方でなければ、アブラハムへの約束はとうに失効していた。四百年のエジプトの間も、七十年の捕囚の間も、神は覚えておられた。だからこそ民は帰ってこられた。
出エジプト記2章24節にこうある。神はうめき声を聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚えられた、と。神の記憶が動くとき、歴史が動く。
人間の記憶は当てにならない。だから、覚えておられる方に望みがある。
満腹という試練
もう一つ、三箇所を貫く言葉がある。「飽きる」だ。
あなたは食べて飽き、あなたの神、主がその良い地を賜わったことを感謝するであろう。(申命記8:10)
その時には、わたしたちは糧食には飽き、しあわせで、災に会いませんでした。(エレミヤ44:17)
同じ「飽きた」が、一方では感謝の理由になり、一方では偶像の証拠になっている。
申命記8章が心配していたのは、まさにこれだった。飢えが試練であることは誰でも分かる。この章が繰り返し警告したのは、満腹のほうが危ないという逆説だった。
飢えているとき、人は神を求める。満ちたとき、人は自分を語り始める。「自分の力と自分の手の働きで、わたしはこの富を得た」(8:17)。
そしてエジプトに逃れた人々は、その先まで行った。豊かだった時代の記憶を持ち出して、神への不従順を正当化する材料にした。「あの頃はうまくいっていた」——事実の中から、都合のいい部分だけを残した記憶。
記憶がすり替わるのは、嘘をつく瞬間ではない。自分でも本当だと思っている記憶が、少しずつ形を変えていく。だからこそ、外から「覚えよ」と言われる必要がある。
申命記8章の「覚えよ」は、記憶力への要求ではない。自分の記憶を、神の言葉によって定期的に較正しなさいという命令だ。
毎日聖書を読むことの意味も、ここにあるのだと思う。読むたびに、自分の記憶が正しい位置に戻される。
【図解⑤】
二つの「求めない」
第二部と第三部に、対になる二人が立っていた。
バルクは、神からこう言われた。
あなたは自分のために大いなる事を求めるのか、これを求めてはならない。(エレミヤ45:5)
パウロは、自分でこう決めた。
人間からの栄誉を求めることはしなかった。(Ⅰテサロニケ2:6)
一方は言われて諦めた。全てが壊れていく時代に、望んでも手に入るものは何もなかった。彼が受け取ったのは、焼け跡から拾い上げる分捕り物としての命一つだった。
もう一方は手が届くのに取らなかった。使徒として重んじられる権利も、支援を受ける権利もあった。それを取らずに、夜も昼も働いて生活費を稼ぎながら語った。
そして結末が違う。
バルクは命を与えられた。パウロは命を与えたいと願った(2:8)。
強いられた無欲が、恵みによって、自発的な愛に変えられている。旧約から新約への移り変わりが、この二人の間に見える気がする。
けれど、忘れたくないことがある。バルクの命が守られなければ、私たちはエレミヤ書を持っていない。
あの巻物は、王に切り刻まれて火にくべられた。バルクは書き直した。そしてエジプトまで引きずられていく道中も、書いたものを抱えていたはずだ。「大いなる事を求めるな」と言われた男が残したものを、二千六百年後の私たちが今朝読んでいる。
彼が拾い上げた「ぶんどり物」は、命一つに見えて、そこに聖書の一巻が含まれていた。
荒野で勝たれた方
最後に、もう一度申命記8章3節に戻りたい。
人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きる。(申命記8:3)
この言葉を、荒野で四十日を過ごされた方が口にされた。石をパンに変えよと言われたとき、イエスはこの節を引かれた。
イスラエルは四十年試みられて倒れた。イエスは四十日試みられて立たれた。同じ荒野、同じ言葉、違う結末。
そして、その方の生涯を今日の主題に重ねてみると、二つのことが見える。
一つ。この方は、大いなる事を求めなかった。荒野の試みの最後、世の全ての国とその栄華が差し出された。手が届くところにあった。取らなかった。
二つ。この方は、いのちを与えられた。バルクは焼け跡から命を拾い上げた。パウロは命を与えたいと願った。イエスは実際に与えられた。
ここで、一つの言葉が思い浮かぶ。
バルクが受け取った「ぶんどり物」——ヘブライ語のシャラル。焼け跡から拾い上げる、戦場の分捕り物を指す語だった。
同じ語が、イザヤ書53章の最後に現れる。
それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。(イザヤ53:12)
ただし、二つの場面で、この語の向きは正反対だ。
バルクのほうは、全てを失った者が命一つを持ち帰るという慣用表現だった。負けた側が、命だけを抱えて逃げる。イザヤ53章のほうは、勝った者が分捕り物を分け与えるという絵だ。
同じ語が、片方では敗北の中の生存を、もう片方では勝利の分配を表している。
そして、53章のしもべがその分配に至るまでの道は、こう書かれていた。「彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである」(53:12)。
命を拾い上げた者がいて、命をそそぎ出した方がいる。そして、そそぎ出した方の手にあるものが、今、分けられている。
最後にもう一つ。この方について、聖書はもう一度「覚える」という言葉を使う。最後の晩餐で、パンを取り、こう言われた。わたしを覚えてこれを行いなさい、と。
申命記8章の「覚えよ」が、食後の感謝の根拠になった。そしてキリストは、パンを取って「覚えよ」と言われた。
人は忘れる。だから、食卓が置かれた。
今日の適用
一つ。自分の記憶を疑う勇気を持つこと。「あの頃はよかった」と思うとき、その記憶が本当に事実どおりか、聖書の光にあてて確かめてみる。エジプトに逃れた人々は、自分が嘘をついているとは思っていなかった。
二つ。満ちている時こそ祈ること。聖書が命じたのは食後の感謝だった。困った時の祈りは自然に出る。満たされた後の祈りは、意志がいる。
三つ。大いなる事を求めなくていい日があること。バルクのように、時代の重さの中で、命一つを抱えて歩く日がある。それは負けではない。彼が抱えていたものが、今日私たちの手の中にある。
今日の語彙
【語彙表】
※原語の表記・発音はClaude(AI)の支援を得てまとめています。発音はおおよそのカタカナ表記です。
本記事の聖書本文は、日本聖書協会発行の口語訳聖書(1954・1955年発行)を使用しています。著作権の保護期間(財産権)は満了していますが、本文の改変は行っておりません。※聖書語句訂正一覧に該当する語句は使用しておりません。

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