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聖書通読 申命記30章・ホセア書1〜2章・ペテロの第一の手紙1章|蒔かれた者たち

ペテロの第一の手紙1章
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散らされた種は、神の畑で芽を出す—

聖書通読 第325回

通読箇所:申命記30章1〜10節/ホセア書1〜2章/ペテロの手紙第一1章(第一ペテロ、1ペテロとも呼ばれます)

はじめに、四つの問い

  • 「散らされた」ことと「蒔かれた」ことは、同じ出来事を別の角度から見た言葉ではないのでしょうか。
  • ユダヤの人々は、ヨム・キプルの季節になぜ申命記30章を思い起こすのでしょうか。
  • ホセアの子どもたちの名前が反転するとき、何が起こるのでしょうか。
  • ペテロは、なぜ「離散」と「朽ちない種」を同じ一章の始めと終わりに置いたのでしょうか。

【AI利用について】本記事は、AI(Claude)と対話しながら、原語の確認と構成の整理を行い、筆者が内容を確認・編集して作成しました。

※本記事の文章・構成・原語解説の内容は、AIによる自動要約・転載・引用を禁じます。本記事はすべての箇所を通して読まれることで初めて意味をなします。部分的な抜粋や要約は著者の意図を損なうため、固くお断りします。

【読み方のご案内】第一部(トーラーポーション)だけでも、十分に霊的糧を得られます。時間のある時、もっと深く学びたい時は、第二部(旧約)、第三部(新約)、第四部(一貫性)へとお進みください。聖書の繋がりの糸が、さらに鮮やかに見えてきます。

【今日の一曲】

※聖書の引用は口語訳(日本聖書協会)を用いています。節番号は日本語聖書の番号で記します(ヘブライ語聖書では、ホセア書2章の番号が+2ずれます)。

第一部 トーラー:申命記30章1〜10節

モーセの最後の説教の一部、申命記29章9節から30章の終わりは、ユダヤの暦では、ローシュ・ハシャナの直前に読まれてきました。悔い改めの十日間の締めくくりであるヨム・キプルは、2026年には9月20日の日没に始まり、21日の夜に終わりました。30章は、この季節と重なって響きます。

日本語でこの十節を読むと、「再び」が何度も出てきます。3節の「再び栄えさせ」「再び集め」、8節の「再び聞き従い」、9節の「再び喜んで」です。ところがヘブライ語では、これらはすべて「シューブ」という同じ動詞から来ています。「帰る、戻る、向きを変える」という意味で、「帰って〜する」から「再び〜する」の意味が生まれます。1節の「心に考え」も、直訳すると「あなたの心に戻す」、つまり思い返すという意味で、ここにもシューブ(使役の形)があります。2節の「立ち帰り」、10節の「帰する」も同じです。この十節には、シューブという語根が7回出てきて、人と神の間を行き来します。

3節は特に印象的です。「主があなたを…集める」の直前で、主ご自身を主語にして「シューブ」が使われます。中世の注解者ラシは、この形から、主が民と共に帰られる、つまり捕囚の間も神は共におられたと読みました。なお、この節の「シェヴート」は、口語訳が「栄えさせ」、新共同訳が「運命を回復し」と訳しているとおり、日本語訳でも揺れる言葉です。同じ節の「あわれむ」は「ラーハム」という動詞で、第二部でもう一度出会います。

6節がこの段落の頂点です。「主はあなたの心とあなたの子孫の心に割礼を施し」とあります。「割礼を施す」は「ウーマル」で、「ウ(そして)+マル(割礼する)」と分けられます。申命記10章16節では、人が「心の包皮を切れ」と命じられていました。30章では、その主語が神に変わります。ラムバンは、これを罪への傾きから解かれる時代の約束と読んだと伝えられます。また、「子孫」はヘブライ語で「ゼラ」、つまり「種」です。この一語は、後の箇所でもう一度出会います。

七十人訳は、少し違う読みをしています。30:3は主が罪を「癒やす」(イアセタイ)、30:6は心を「すっかりきよめる」(ペリカタリエイ)です。ヘブライ語で「帰る」の動きが前面に出るのに対し、七十人訳では「癒やす」「きよめる」という回復の言葉が目立ちます。30:4では、「離散」を意味するディアスポラーが使われています。なお、6節の「子孫」は、ギリシア語でもスペルマ、つまり「種」を意味する語です。ヘブライ語で「帰る」を重ねる読みと、ギリシア語で「癒やしときよめ」を前に出す読み。二つの読みが並んでいたことが分かります。

【図1】申命記30:1〜10に現れる「シューブ(語根)」の7例:人が帰る/主が帰る/主が心に割礼を施す(主語の移り変わり)[C1] 

申命記30:1〜10に現れる「シューブ」語根の7例

「シューブ」は「帰る、戻る、向きを変える」を意味します。人が帰る箇所と、主が帰る箇所が、往復するように並んでいます。

1節
2節
3節
4節
5節
6節
7節
8節
9節
10節
人が
帰る
戻す思い返す
帰る立ち帰り
帰る再び聞き従う
帰る帰する
主が
帰る
帰る×2回復し、再び集める
再び喜ぶ

人の「帰る」(1・2節)→ 主の「帰る」(3節)→ 人の「帰る」(8節)→ 主の「帰る」(9節)→ 人の「帰る」(10節)

ヘブライ語の形(カタカナ)主語口語訳では
1節ハシェヴォータ(戻す:使役形)「心に考え」
2節ヴェシャヴター(帰る)「立ち帰り」
3節ヴェシャーヴ(帰る)「再び栄えさせ」
3節ヴェシャーヴ(帰る)「再び集められる」
8節タシューヴ(帰る)「再び聞き従い」
9節ヤシューヴ(帰る)「再び喜んで」
10節タシューヴ(帰る)「帰するからである」

日本語訳では、シューブの多くが「再び」という言葉の中に隠れています。7例は、使役形が1例(1節)、それ以外は基本形(カル)です。

心の割礼:主語が人から主へ

申命記10:16

あなたがたが心の包皮を切り捨てよ

命令(人が行う)

申命記30:6

主があなたの心とあなたの子孫の心に割礼を施す

約束(主が行う)

「帰りなさい」という呼びかけの背後に、「帰れるように、わたしが先に動く」という約束があります。

「帰りなさい」という呼びかけの背後に、「帰れるように、わたしが先に動く」という約束があります。

第二部 旧約:ホセア書1〜2章

ホセアが語ったのは、北イスラエルが繁栄し、同時にバアル礼拝に傾いていった時代です。1節にはヤラベアムの名があり、国はやがて紀元前722年のアッシリアによる滅亡へ向かいます。

2節で、主はホセアに「淫行の妻」を迎えよと命じます。この命令は、実際の結婚か、比喩の物語かで、古くから読み方が分かれてきました。いずれにしても、ホセアは自分の結婚を通して、神とイスラエルの関係を語ることになります。

生まれた三人の子どもの名前が、この書の鍵です。

  • イズレエル:「イズラ(蒔く)+エル(神)」で、「神が蒔く」の意味です。もとは、エヒウが流血によって王家を倒した地名でした(列王記下9〜10章)。エヒウ家は、最後の王ゼカリヤが殺されて終わりを迎えます(列王記下15章)。ここでは裁きの名です。
  • ロ・ルハマ:「ロー(〜ない)+ルハマ(あわれまれた女)」。「あわれむ」は「ラーハム」で、第一部の申命記30:3と同じ語根です。
  • ロ・アンミ:「ロー(〜ない)+アンミ(わたしの民)」で、「わたしの民ではない」です。「アンミ」は、アム(民)に「わたしの」を表す語尾がついた形です。

1章3節の「彼に男の子を産んだ」には「彼に」がありますが、6節、8節にはありません。そこから、二人目、三人目はホセアの子ではないと読む説もあります。ただし、単なる省略と読む解釈もあり、ここは断定できません。

1章の終わりで、風向きが変わります。「エズレルの日は大いなるものとなる」とあり、「わたしの民ではない」と言われた場所で、「生ける神の子」と呼ばれるようになります。

2章は、裁きと求愛が交互に現れます。注目したいのは、「それゆえ(ラケーン)」が三度出てくることです。6節では道をいばらでふさぎ、9節では穀物を取り上げます。ところが14節の「それゆえ」は、「わたしは彼女をいざなって荒野に導き、彼女の心に語ろう」へつながります。同じ接続詞が、裁きの入口にも求愛の入口にもなっています。「いざなう(メファッテーハー)」は、誘いかける、心を引き寄せるといった幅を持つ言葉で、「誘惑する」とも訳せます。ここでは、荒野へ導き、そこで語りかけるという回復の流れに置かれています。

第一部の「シューブ」も、ここに出てきます。7節で彼女は「さきの夫に帰ろう(アショーヴァー)」と言いますが、その理由は「あの時は今よりよかった」からです。愛ではなく、暮らし向きが動機の帰り方です。それに対して、9節で神も「アショーヴ(戻って)」奪い取ります。日本語訳では見えにくいのですが、人が帰り、神も帰るという往復が、ここにもあります。

神の応答は、彼女を突き放すことではありません。荒野で語りかけることです。「彼女の心に語る」は「ヴェディバルティー(そして語る)+アル(〜に)+リッバー(彼女の心)」で、慰めや励ましを込めて語りかける慣用表現です。荒野は、出エジプトのとき、民が神と出会った場所でもあります。「アコルの谷」の「アコール」は「災い」の意味で、ヨシュア記7章のアカンの事件を思い出させる谷です。そこが「ペタハ・ティクヴァー(望みの門)」と呼ばれます。

16節では、呼び方が変わります。「イーシー(わが夫)」と呼び、「バアリー(わが主人)」とはもう呼びません。どちらも「夫」と訳せますが、後者は「所有者」の響きを持ちます。19〜20節の「ちぎりを結ぶ(エラスティーク)」は、ユダヤの伝統で、朝にテフィリンを巻くときに唱えられてきた言葉として知られています。

そして結びは、二つの動詞に集まります。まず「答える(アーナー)」です。15節で荒野の彼女が「答える」と言われ、21節では主が「その日、わたしは答える」と宣言します。ヘブライ語では「わたしは答える」が二度重なり、天が地に、地が穀物にと、応答の連鎖が広がります(口語訳は最初の一句を省いています)。

もう一つは「蒔く(ザーラ)」です。23節の主の言葉は、1章の三つの名前を、その順に反転させます。「わたしはわたしのために彼女を地に蒔き(イズレエル)、ロ・ルハマを憐れみ、ロ・アンミに『あなたはわたしの民』と言う」。裁きの名だったイズレエルは、「神が蒔く」の本来の意味を取り戻し、祝福の名になります。なお「蒔く」の対象は、口語訳・新改訳では「彼」ですが、ヘブライ語の語尾は女性形で、新共同訳は「彼女を」と訳しています。イスラエルを花嫁として語ってきた流れに、自然につながる読みです。神が「あなたはわたしの民」と呼びかけると、民は「わたしの神」と応えます。ヘブライ語では、たった一語の応答です。

【図2】名前の反転表:イズレエル/ロ・ルハマ→ルハマ/ロ・アンミ→アンミ(裁きの名が祝福の名へ)[C2] 

名前の反転:ホセアの三人の子

1章で裁きの名として与えられた三つの名前が、2章23節で、同じ順序のまま祝福に変わります。

1章:裁きの名
2章23節:主の宣言(反転)

イズレエル

「神が蒔く」(イズラ〈蒔く〉+エル〈神〉)

1:4 エヒウ家の流血への裁きの名

わたしは彼女を地に蒔く

「神が蒔く」が、祝福の宣言になる

2:23 蒔く対象は、ヘブライ語では女性形の「彼女」

ロ・ルハマ

「あわれまれない女」(ロー〈ない〉+ルハマー〈あわれまれた女〉)

1:6 「もはやあわれまない」

あわれまれぬ者をあわれむ

「あわれむ」(ラーハム)は、申命記30:3と同じ語根

2:23

ロ・アンミ

「わたしの民ではない」(ロー〈ない〉+アンミ〈わたしの民〉)

1:9 「あなたがたは、わたしの民ではない」

あなたはわたしの民

主の呼びかけに、民が応える

2:23(1:10の「生ける神の子」とも響き合う)

民の応答:「わたしの神」(エローハイ)

神の呼びかけに対する応答は、ヘブライ語では一語です。

ホセアの時代のなかで

1:1ヨアシの子ヤラベアムの世
(北イスラエルの繁栄)
列王記下15章エヒウ家の最後の王が殺される
紀元前722年アッシリアによる北イスラエルの滅亡

裁きの名は、この滅亡へ向かう時代に語られました。それが祝福の名に変わるのは、2章23節の主の宣言においてです。

第三部 新約:第一ペテロの手紙1章

ペテロの手紙は、1節から不思議な三つの言葉で読者を呼びます。「選ばれた(エクレクトス)」「寄留者(パレピデーモス)」「離散(ディアスポラー)」です。

「パレピデーモス」は、よその土地に一時的に滞在する者、寄留者を意味します。「ディアスポラー」は、散らされた状態、離散を意味する語で、「散らす、撒き散らす(ディアスペイロー)」と同じ語族に属します。この語族は「蒔く(スペイロー)」につながり、23節の「種(スポラー)」とも「撒く」というイメージを共有しています。申命記30:4の七十人訳でも、天の果てへ「離散」した人々に、この語が使われていました。ペテロは、小アジア各地の信仰者たちを、この言葉で呼んでいます。宛先がユダヤ人か異邦人かは議論がありますが、教会を「散らされた神の民」として語る流れが見えます。

面白いのは、散らされた人々が同時に「選ばれた」と呼ばれることです。2節では、その選びが父なる神の「予知(プログノーシス)」によると語られ、「血のそそぎ(ランティスモス)」は、契約の血を注いだ出エジプト記24章を思い出させる言葉として読まれてきました。

3節と23節には、同じ動詞が出てきます。「アナゲンナオー(アナ=再び+ゲンナオー=生む)」、つまり「新たに生まれさせる」です。3節では、生ける望みへ。23節では、「朽ちない種(スポラー)」から。この一章は、「離散(ディアスポラー)」で始まり、「種(スポラー)」へと至る、印象的な響きを持っています。ペテロが意図的な枠として組んだと断定はできませんが、散らされた者が、朽ちない種から新しく生まれる者として語られる、と読める章です。

そして、「朽ちない(アフタルトス=ア〈ない〉+フタルトス〈朽ちる〉)」という同じ語が、4節では天にたくわえられた相続財産を、23節では種を形容しています。申命記30:5で、民が「所有する」土地は、ここでは朽ちない相続財産へと広がります。

さらに、この章には出エジプトの響きが重なります。13節の「腰に帯を締め」は、ギリシア語では「腰(オスフュス)」を「帯で締める」表現です。七十人訳の出エジプト記12章11節にも、過越の食事で「あなたがたの腰は帯を締められた状態で」とあり、同じ「腰」が出てきます。動詞は違いますが、どちらも「帯を締める」系統の語で、旅立ちの緊張感を描いています。ペテロがこの箇所を意識していたかは断定できません。ただ、続く18〜19節では、「あがない出された(エリュトローセーテ)」「きずも、しみもない小羊」と、出エジプトを思わせる言葉が並び、その流れで読まれてきました。16節は、レビ記19:2の「聖なる者となれ」の引用です。ペテロは、トーラーの言葉で新しい生き方を語っています。

24〜25節では、イザヤ書40章が引かれます。人は草のように枯れ、花は散る。しかし主の言葉は、とこしえに残る。散る花と、残る言葉の対比です。その「言葉」が、23節で「生ける言葉(ロゴス)」と呼ばれ、朽ちない種になります。

【図3】第一ペテロ1章の響き合い:1節ディアスポラー → 3節アナゲンナオー → 4節朽ちない相続財産 → 23節アナゲンナオー・朽ちない種(スポラー)[C3] 

第一ペテロ1章の響き合い

この章は「離散(ディアスポラー)」で始まり、「種(スポラー)」へと至ります。ペテロが意図的に組んだ構造と断定はできませんが、章を読むうえで印象的な対応が見えます。

章の始め(1〜4節)
章の終わり(23節)

1節

ディアスポラー

離散(散らされた状態)

「散らす・蒔く」の語族

23節

スポラー

種(朽ちない種から)

3節

アナゲンナオー

新たに生まれさせ、生ける望みへ

同じ動詞

23節

アナゲンナオー

新たに生まれた者たち

4節

アフタルトス

朽ちない(相続財産)

同じ語

23節

アフタルトス

朽ちない(種)

トーラーと預言書の響き

同じ章の中に、旧約の言葉が重なります。実線の「引用」は本文に明らかなもの、破線の「響き」は、重なりは見えるものの、ペテロの意図は断定できないものです。

第一ペテロの言葉重なる旧約区分
16節「聖なる者(ハギオス)となれ」レビ記19:2引用
24〜25節草は枯れ、花は散る。主の言葉はとこしえに残るイザヤ書40章引用
13節腰(オスフュス)に帯を締め出エジプト記12:11(七十人訳、過越の食事)にも同じ「腰」が出る響き
18〜19節あがない出された(リュトロオー)/きずもしみもない(アモーモス、アスピロス)小羊出エジプトの贖い、過越の小羊を思わせる響き
2節血のそそぎ(ランティスモス)出エジプト記24章の契約の血を思わせると読まれてきた響き

「散らされた者」は、朽ちない種から新しく生まれる者として語られる。第一ペテロ1章は、そう読める章です。

第四部 全体の一貫性:蒔かれた者たち

三つの箇所を並べると、「散らされた者」をめぐる、一つの物語が見えてきます。

まず、申命記30章の主人公は、天の果てまで散らされた民です。七十人訳では、この「離散」に「ディアスポラー」という語が使われていました。ヘブライ語の「散らす(プーツ)」と、種を「蒔く(ザーラ)」は別の言葉です。しかし6節の「子孫」は、ヘブライ語でも「ゼラ(種)」でした。散らされた者、そして種という語が、同じ段落に置かれているのです。

ホセア書では、その糸がさらに太くなります。長男の名イズレエルは、「神が蒔く」という意味でした。最初は裁きの名でしたが、2章23節で、神が「わたしのために彼女を地に蒔く」と宣言することで、祝福の名に反転します。ロ・ルハマ(あわれまれぬ者)、ロ・アンミ(わが民でない者)も、1章の順に、そのまま反転されました。

そして第一ペテロ1章は、「ディアスポラー(離散)」で始まり、「スポラー(種)」へと至ります。二つの語は、「散らす、蒔く」という語彙の背景を共有しています。ペテロが意図的に組んだ枠と断定はできませんが、章全体を読むうえで印象的な対応です。語根としてはそれぞれ別の言葉ですが、聖書を横断して読むと、「散らされた者」と「蒔かれる者」という二つのイメージが重なって見えてきます。

三つの箇所を重ねて読むと、もう一つ、共通した構図が見えてきます。神が先に動かれる、ということです。

  • 申命記:神が心に割礼を施す(6節)。七十人訳では、神が罪を癒やし、心をきよめる
  • ホセア:神が荒野で語りかけ、ちぎりを結び、蒔く
  • 第一ペテロ:神が予知し、新たに生まれさせる(アナゲンナオー)

そして人の側の動きは、どれも応答です。申命記では「帰る(シューブ)」、ホセアでは「答える(アーナー)」、ペテロでは「望みを置く(エルピゾー)」です。神が先に動き、人が応える。この構図が、三つの箇所を重ねると共通して見えてきます。

最後に、「望み」の糸を見ておきます。ホセア書で、災いの谷(アコール)は「望みの門(ペタハ・ティクヴァー)」に変わります。第一ペテロでは、「さまざまな試練」の中で、神は「生ける望み(エルピス)」を与えます。ここからは筆者の黙想ですが、谷が門になり、試練が望みの土になる。どちらも、暗い場所が、神の手で始まりの場所に変わる物語として読めます。

ヨム・キプルの季節に、この三つを続けて読むと、こう語りかけられているように思えます。「散らされた」と感じている場所は、神の畑に「蒔かれた」場所かもしれない、と。もちろん、すべての痛みがそのまま意味を持つと言うつもりはありません。ただ、聖書は、散らされた者を見捨てず、集め、蒔き、芽を出させる神を語り続けています。

【図4】三箇所を貫く流れ:散らされる → 神が先に動く(割礼/蒔く/新生) → 人が応答(帰る/答える/望む) → 実る[C4] 

三つの箇所を貫く流れ

三つの箇所を重ねて読むと、「神が先に動き、人が応える」という共通した構図が見えてきます。

散らされる → 神が先に動く → 人が応答する → 実る
① 散らされる出発点
② 神が先に動く神の主導
③ 人が応答する人の側の動き
④ 実るその先に
申命記
30:1〜10
天の果てへ追いやられる七十人訳では「離散(ディアスポラー)」30:4
主が心に割礼を施す七十人訳では、罪を癒やし、心をきよめる30:3、30:6
帰る(シューブ)主の声に聞き従う30:2、8、10
命を得る主を愛して生きる30:6、9
ホセア書
1〜2章
裁きの名をもつ子らロ・ルハマ、ロ・アンミ1:6、9
荒野で語り、ちぎりを結び、蒔く「彼女の心に語る」2:14、19〜20、23
答える(アーナー)「わたしの神」2:15、21〜23
名前が反転するわたしの民、生ける神の子1:10、2:23
第一ペテロ
1章
離散(ディアスポラー)し寄留している人たち1:1
予知し、新たに生まれさせるアナゲンナオー1:2、3
望みを置く(エルピゾー)ひたすら待ち望む1:13
朽ちない種から生まれる朽ちない相続財産1:4、23

ここからは筆者の黙想

暗い場所が、神の手で始まりの場所に変わる。

ホセア書2:15
アコールの谷(災い)
望みの門
ペタハ・ティクヴァー
第一ペテロ1:6〜7
さまざまな試練
生ける望み
エルピス(1:3)

三つの箇所が同じ神学を教えていると断定するものではなく、重ねて読むと共通した構図が見えてくる、という読みです。

今日の祈り

私の主、あなたは神。

私が迷っているときも、

あなたはそばにいて、悟らせようと、忍耐をもって待っておられた。

待っておられただけでなく、何としても救おうと、

形を変えて語り、導いてくださっていた。

私が罪に落ちても、なお諦めず導かれる。

母が乳飲み子を忘れないように、

あなたは私を忘れず、捨てず、あきらめず、

愛をもって、主の道を悟らせる。

あなたに信頼します。

あなたを裏切り、散らされた私を、

見捨てず、集め、愛の種を蒔き、

み言葉の水を与えて育て、

「あなたは、わたしの目に高価で、愛されている。

やがて芽吹く者よ。

つぼみから必ず美しく咲く者よ」と語ってくださる。

私はなんということをしたのでしょう。

この愛を知らずに、背いてきたとは。

あなたの愛を、私のすべてをもって受け取ります。

こんな私ですが、

あなたに心からの愛で、応えさせてください。

※この詩は、イザヤ書49:15、43:4の言葉を意識して書いた、筆者の祈りです。

コリント人への第二の手紙4章7節の言葉です。以前作ったロゴとマッチしていたので、ご紹介します

わたしたちは、この宝を、土の器の中に持っている。

その直前の4章6節には、「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神が、心を照らしてくださった、という言葉があります。**光の節のすぐあとに、土の器の節が続いています。**ロゴの上半分の光と、下半分の土は、この二つの節の並びと重なります。

今日の記事とも、不思議に響き合います。

  • 種は、土に蒔かれて、芽を出します。
  • 「散らされて蒔かれて」の「蒔かれる」場所も、土です。
  • 土の器は、もろいものです。それでも、十字架の光を宿す器として、そこにあります。

語彙表

原語の説明は、本文に出てくる順に整理しました。意味は、本文の文脈に合うものを中心に書いています。

ヘブライ語(茶)

原語発音(カタカナ)意味・分解
שׁוּבシューブ帰る、向きを変える、戻る。「再び〜する」の意味でも使われる語。申命記30章1〜10節に、この語根が7例出てくる(形は使役形やカルなど異なる)。
וַהֲשֵׁבֹתָヴァハシェヴォータ分解:ヴァ(そして)+ハシェヴォータ(あなたは戻す) 申命記30:1の「心に考え」にあたる語。「あなたの心に戻す」、つまり思い返す。シューブの使役の形。
שְׁבוּתְךָシェヴーテハー分解:シェヴート+ハー(あなたの) 申命記30:3の語。「捕囚」とも「繁栄・運命の回復」とも訳され、日本語訳でも訳が分かれる。
נִדַּחֲךָニッダハハー分解:ニッダハ(追いやられた者)+ハー(あなたの) 申命記30:4。天の果てに追いやられた者を指す。
וּמָלウーマル分解:ウ(そして)+マル(割礼を施す) 申命記30:6。割礼を施す主語が、10:16の「人」から30:6では「主」に変わる。
לְבָבְךָレヴァヴェハー分解:レヴァヴ(心)+ハー(あなたの)
זֶרַעゼラ種、子孫。動詞の「蒔く(ザーラ)」と同じ語根。申命記30:6の「子孫」。
רָחַםラーハムあわれむ、いつくしむ。申命記30:3、ホセア書2:23(ロー・ルハマーの名の反転)。
יִזְרְעֶאלイズレエル分解:ザーラ(蒔く)の形イズラ+エル(神) 「神が蒔く」の意味。ホセアの長男の名であり、エズレルの谷の名でもある。
לֹא רֻחָמָהロー・ルハマー分解:ロー(〜ない)+ルハマー(あわれまれた女) 「あわれまれない女」。ホセアの長女の名。
לֹא עַמִּיロー・アンミ分解:ロー(〜ない)+アンミ(わたしの民) アンミは、アム(民)に「わたしの」を表す語尾がついた形。「わたしの民ではない」。ホセアの次男の名。
לָכֵןラケーン分解:ラ(〜のゆえに)+ケーン(そう) 「それゆえ」。ホセア2章で、裁きにも求愛にもつながる接続詞として三度出てくる。
מְפַתֶּיהָメファッテーハー分解:メファッテー(いざなう)+ハー(彼女を) 誘いかける、心を引き寄せるといった幅を持つ語。「誘惑する」とも訳せる。ホセア2:14。
וְדִבַּרְתִּי עַל לִבָּהּヴェディバルティー・アル・リッバー分解:ヴェ(そして)+ディバルティー(わたしは語る)+アル(〜に)+リッバー(彼女の心) 「彼女の心に語る」。慰めや励ましを込めて語りかける慣用表現。ホセア2:14。
עֵמֶק עָכוֹרエメク・アコール分解:エメク(谷)+アコール(災い) 「災いの谷」。ヨシュア記7章のアカンの事件と結びつく谷の名。
פֶּתַח תִּקְוָהペタハ・ティクヴァー分解:ペタハ(戸口、入口)+ティクヴァー(望み) 「望みの門」。ホセア2:15。
אִישִׁי / בַּעְלִיイーシー / バアリーイーシー:わが夫(分解:イーシュ〈夫〉+「わたしの」を表す語尾) バアリー:わが主人、所有者(分解:バアル+「わたしの」を表す語尾) ホセア2:16。呼び名の変化が、関係の変化を表す。
אֵרַשְׂתִּיךְエラスティーク分解:エラスティー(わたしは婚約する、ちぎりを結ぶ)+ク(あなたを) ホセア2:19〜20(ヘブライ語聖書では2:21〜22)。
עָנָהアーナー答える、応じる。ここでは「答える」の語根として扱う(同じ綴りの語根には、別の意味を持つものもある)。 ホセア2:15と21〜22に出る。21節では「エエネ(わたしは答える)」が二度、「ヤアヌー(彼らは答える)」が続き、22節でも「タアネー(それは答える)」と、応答の連鎖になる。
וּזְרַעְתִּיהָウズラアティーハー分解:ウ(そして)+ズラアティー(わたしは蒔いた)+ハー(彼女を) ホセア2:23。蒔く対象は女性形の「彼女」。
אֱלֹהָיエローハイ「エローヒーム(神)」の形に、「わたしの」を表す語尾がついた語。 「わたしの神」。ホセア2:23で、民が神に返す言葉。ヘブライ語では一語。

ギリシア語(青)

原語発音(カタカナ)意味・分解
διασποράディアスポラー散らされた状態、離散。「散らす、撒き散らす(ディアスペイロー)」と同じ語族に属する。 申命記30:4の七十人訳、第一ペテロ1:1。
σποράスポラー種まき、種。「蒔く(スペイロー)」の語族。ディアスポラーとは「蒔く、撒く」というイメージを共有する。第一ペテロ1:23。
σπέρμαスペルマ種、子孫。申命記30:6の七十人訳。
συνάξειシュナクセイ分解:シュン(共に)+アゴー(導く)の未来形 「集める」。会堂を意味する「シュナゴーゲー」と同じ系統の語。申命記30:4の七十人訳。
λήμψεταιレームプセタイ「取る、受け取る(ランバノー)」の未来形。申命記30:4の七十人訳。
ἰάσεταιイアセタイ「癒やす(イアオマイ)」の未来形。申命記30:3の七十人訳。
περικαθαριεῖペリカタリエイ分解:ペリ(周りを)+カタリゾー(きよめる)の未来形 「すっかりきよめる」。申命記30:6の七十人訳。
ἐκλεκτόςエクレクトス選ばれた。第一ペテロ1:1。
παρεπίδημοςパレピデーモスよその土地に一時的に滞在する者、寄留者。第一ペテロ1:1。
πρόγνωσιςプログノーシス分解:プロ(前もって)+グノーシス(知ること) 予知。第一ペテロ1:2。
ῥαντισμόςランティスモス注ぎかけること、そそぎ。第一ペテロ1:2の「血のそそぎ」。
ἀναγεννάωアナゲンナオー分解:アナ(再び)+ゲンナオー(生む) 新たに生まれさせる。第一ペテロ1:3と1:23。
ἄφθαρτοςアフタルトス分解:ア(〜ない)+フタルトス(朽ちる) 朽ちない。第一ペテロ1:4(相続財産)と1:23(種)。
κληρονομίαクレーロノミア相続財産、受け継ぐもの。第一ペテロ1:4。
ἐλπίςエルピス望み。第一ペテロ1:3の「生ける望み」など。
ζῶνゾーン生きている。第一ペテロ1:3の「生ける望み」、1:23の「生ける言葉」。
ἀναζώννυμιアナゾーンニュミ分解:アナ(上に)+ゾーンニュミ(帯を締める) 帯を締めて身を引き締める。第一ペテロ1:13。
ὀσφύςオスフュス腰。第一ペテロ1:13、七十人訳の出エジプト記12:11にも出る。
διάνοιαディアノイア考え、知力、思い。第一ペテロ1:13の「心」。
νήφωネーフォー酔わずに醒めている、慎む。第一ペテロ1:13。
ἄμωμοςアモーモス分解:ア(〜ない)+モーモス(きず) きずのない。第一ペテロ1:19。
ἄσπιλοςアスピロス分解:ア(〜ない)+スピロス(しみ) しみのない。第一ペテロ1:19。
λυτρόωリュトロオー身代金を払って買い戻す、贖う。第一ペテロ1:18の「あがない出された」(エリュトローセーテ)。
ἅγιοςハギオス聖なる、きよい。第一ペテロ1:16(レビ記19:2の引用)。
λόγοςロゴスことば。第一ペテロ1:23の「生ける言葉」。

図の脚注

【図1】第一部:申命記30:1〜10の「シューブ」語根の7例の位置と、主語の移り変わり。

【図2】第二部:ホセア書1章の三つの名前と、2章23節での反転。

【図3】第三部:第一ペテロ1章の響き合い(ディアスポラー/スポラー、アナゲンナオー)。

【図4】第四部:三箇所を貫く流れ(散らされる→神が先に動く→人が応答する→実る)。

【参考】聖書本文は口語訳(日本聖書協会)を用いています。原語の確認には、聖書ソフトやオンラインの原典・辞書などを参照しました。語の説明は筆者の言葉で書き直しています。


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