過越の祭りは、聖書の中で三つの重要な時代に登場します。出エジプトでの制定、ヒゼキヤによる復興、そしてイエス・キリストによる成就です。
これら三つの時代を通して、神様が一貫して見ておられるのは「心を定めて神を求める」姿勢でした。
🕯️ 過越の三つの時代
— 心を定めて神を求める —
過越の祭りは、聖書の中で三つの重要な時代に登場します。出エジプトでの制定、ヒゼキヤによる復興、そしてイエス・キリストによる成就です。
これら三つの時代を通して、神様が一貫して見ておられるのは「心を定めて神を求める」姿勢でした。
🩸 第一の過越 ― 制定
紀元前1446年頃(出エジプト)
出エジプト記12:37-51
- 主の「寝ずの番」(שִׁמֻּרִים シムリーム)の夜
- イスラエルは「主の軍団」(צְבָאוֹת ツェヴァオート)として出発
- 異国人も割礼を受ければ参加可能
- 血統ではなく契約への参加が決め手
「このおしえは、この国に生まれた者にも、あなたがたの間に寄留している者にも同じである」(12:49)
①
②
📜 第二の過越 ― 復興
紀元前715年頃(ヒゼキヤ王の時代)
第二歴代誌30-31章
- 約700年ぶりの全イスラエル規模の過越
- 第二の月に延期(民数記9:10-11の適用)
- 規定通りに身を清められなかった人々
- ヒゼキヤの執り成しの祈り
「心を定めて神を、彼らの父祖の神、主を求めています」
הֵכִין לְבָבוֹ(ヘーキーン・レヴァヴォー)(30:19)
הֵכִין לְבָבוֹ(ヘーキーン・レヴァヴォー)(30:19)
🍷 第三の過越 ― 成就
紀元30年頃(最後の晩餐)
ルカ22:7-20、マルコ14:12-26
- イエス様ご自身が「過越の子羊」となられる
- 「これはわたしのからだです」― パンの新しい意味
- 「これは契約の血です」― 杯の新しい意味
- 形式を超えた新しい契約の始まり
「わたしを覚えて、これを行いなさい」
τοῦτο ποιεῖτε εἰς τὴν ἐμὴν ἀνάμνησιν(ルカ22:19)
τοῦτο ποιεῖτε εἰς τὴν ἐμὴν ἀνάμνησιν(ルカ22:19)
③
📊 三つの時代の比較
| テーマ | ① 出エジプト | ② ヒゼキヤ | ③ 最後の晩餐 |
|---|---|---|---|
| 🐑 子羊 |
傷のない一歳の雄 家ごとに屠る |
レビ人が屠る (身を清めていない民の代わりに) |
イエス・キリストご自身 「世の罪を取り除く神の子羊」 |
| 🩸 血 |
門柱と鴨居に塗る 死の使いが過ぎ越す |
祭司が振りかける (16節) |
「契約の血」 多くの人のために流される |
| 🍞 パン |
種なしパン(マッツァー) 急いで出発するため |
種なしパンの祭り 七日間+さらに七日間 |
「これはわたしのからだ」 裂かれるキリストの体 |
| 👥 参加者 |
割礼を受けた者 (異国人も含む) |
北王国からも参加 (規定通りでなくても) |
信じるすべての者 (民族を超えて) |
| ❤️ 神が見るもの |
契約への参加の意志 (血統ではない) |
心を定めて神を求める (形式より心) |
キリストを信じる信仰 (行いより信仰) |
| 🎉 結果 |
エジプトからの解放 約束の地への出発 |
ソロモン以来のリバイバル 偶像の破壊 |
罪と死からの解放 神の国への招き |
🙏 今日の私たちへの適用
🛡️
形式の安心に頼らない
祭司とレビ人のように、正しい知識があっても心が動かなければ意味がない
💝
不完全でも心を向ける
北王国の人々のように、やり方がわからなくても心を神に向けることが大切
🪑
主の足もとに座る
マリアのように、奉仕より先に主のことばに聞き入ることを選ぶ


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