イスラエルの為に祈るのは自身の救済欲求で「エゴ」という批判について

イスラエルの為に祈りましょう。エルサレムの平和の為に祈りましょう memorandum(備忘録)
イスラエルの為に祈りましょう。エルサレムの平和の為に祈りましょう

時として、イスラエルの回復を待ち望むことを「自分の救いのためのエゴ」と批判する声があります。しかし、もしこの論理が正しいなら、キリスト教信仰そのものがエゴということになってしまいます。

ローマ10:9は言います:「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」

これは個人的な救いへの信仰告白です。主イエスが「私の罪のために」十字架で死に、よみがえられたことを信じることは、聖書が教える正当な信仰です。同様に、神がイスラエルについて約束されたことの成就を待ち望むのも、神のご計画への信頼なのです。

イスラエル回復 → 異邦人完成 → イスラエルの悔い改め → 再臨(縦図解)

上の図が示すように、これは人間が考え出した計画ではなく、聖書全体を通して啓示された神の主権的なご計画です。私たちはこの計画に参与する特権を与えられているのです。

**サタンの巧妙な罠について**

時として「イスラエルのために祈るのはエゴではないか」という声が聞かれます。しかし、これはサタンの巧妙な罠かもしれません。

もしキリストを信じ、救われ、天国に行きたいという願いを「エゴ」と呼ぶなら、キリスト教以外のどんな宗教的願望もエゴになってしまいます。しかし、救いを求めることは人間の自然で正当な願いです—神ご自身が私たちの心に植えられた聖なる渇望なのです。

ヘブル4:15-16は美しく教えています:「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません…ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」

イエスは私たちが助けを求め、祝福を願い、神の計画の成就を待ち望むことを**奨励**してくださいます。これを「エゴ」と呼んで恥じさせようとするのは、神の愛と恵みを否定する声なのです。

私達は聖書の真理に立ち続けましょう。

イスラエル現代史の出来事(1948年建国、1967年エルサレム回復など)が、どのように聖書の預言と「主イエスの再臨」に結びついているのかを整理します。


1. 1948年 ― イスラエル国家の再建

  • 第二次世界大戦・ホロコーストの後、国連の決議によって 1948年5月14日 にイスラエルが独立を宣言。
  • エゼキエル36–37章:「枯れた骨が立ち上がる」「荒れ果てた地が再び耕される」という預言の部分的成就と理解される。
  • 「一日にして国が生まれるだろうか」(イザヤ66:8)が現実となったと多くの信仰者が受け止めた。

👉 これは イスラエルの民族的回復の始まり であり、終末時計が動き出した大きなしるし。


2. 1967年 ― エルサレム回復(六日戦争)

  • 1967年6月、イスラエルはエルサレム東部(旧市街)をヨルダンから奪還。
  • 嘆きの壁、西の丘、オリーブ山など聖書の舞台がイスラエルの手に戻る。
  • ルカ21:24:「エルサレムは異邦人の時が満ちるまで、異邦人に踏み荒らされる」との預言が部分的に成就したと見られる。

👉 エルサレムがイスラエルの首都として回復したことは、再臨の舞台が整い始めたことを示す。


3. その後の展開(現在まで)

  • 世界中からのユダヤ人の帰還(アリヤー)が加速。
  • 荒れ地が耕され、農業・技術の発展が進む。
  • エルサレムは依然として国際的緊張の中心(ゼカリヤ12:2–3「エルサレムはすべての民の重い石」)。

👉 このように、イスラエルの回復は「部分的・段階的」に進んでおり、最終的には民族的悔い改めとメシア受け入れ(ゼカリヤ12:10)が再臨直前に起こる


4. 終末預言との接点

  1. イスラエルの回復(1948・1967)
    → 再臨の舞台設定。
  2. 世界宣教の完成(マタイ24:14)
    → 異邦人の満ちる時が完成。
  3. イスラエルの民族的悔い改め(ローマ11:25–27、ゼカリヤ12:10)
    → 「主の名によって来られる方に祝福あれ!」の告白。
  4. その後に主イエスの再臨

5. 信仰的まとめ

  • イスラエルの建国とエルサレム回復は、再臨に近づいている明確なしるし。
  • 私たちは「時代のしるし」を見分けつつ(マタイ24:32–33)、花嫁として備えを整えることが求められる。

✅ 結論
1948年の建国と1967年のエルサレム回復は、単なる歴史事件ではなく、聖書預言の成就として再臨の舞台を準備する神のしるしです。
今私たちが生きている時代は、まさに「再臨直前の時代」と言えるでしょう。

「私たちは聖書の真理に立ち続け、愛をもってイスラエルのため、パレスチナの人々のため、そして全世界の平和のために祈り続けましょう。これこそが、天の父の御心なのです。」 

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