通読用参考図解

イザヤ書

聖書通読  2026.7.5 民数記26章1節から37節 イザヤ書53章54章 第二コリント人への手紙7章なぜ彼は刺し通されたのか —紀元前700年に書かれた十字架—

—紀元前700年に書かれた十字架—通読箇所:民数記26章1〜37節 イザヤ書53章・54章 第二コリント人への手紙7章イザヤ書53章に描かれた「刺し通された」しもべの姿は、なぜ十字架刑がまだ存在しない時代に書かれたのだろうか。民数記の人口調...
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聖書通読 2026.7.4 民数記25章10節から18節 イザヤ章51章52章 第二コリント人への手紙6章——旧約と新約をつなぐ「聖別」の糸——

通読箇所:民数記25章10節〜18節/イザヤ書51〜52章/Ⅱコリント人への手紙6章剣を取った者に、なぜ「平和の契約」が与えられたのだろうか。捕囚の地から「出よ」と命じられた民への言葉が、なぜ何百年も後のコリントの教会への手紙にそのまま引用...
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聖書通読2026.7.03 [民数記25章・イザヤ49-50章・第二コリント5章] 槍と十字架——熱心の行方——

——熱心の行方——通読箇所:民数記25章1〜9節、イザヤ書49〜50章、第二コリント人への手紙5章祭司ピネハスが手に取った槍と、キリストが身に引き受けた十字架。同じ「熱心」という言葉が、なぜこれほど違う形で現れるのでしょうか。罪を裁く側から...
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聖書通読 2026.7.2 民数記24章 イザヤ書47章48章 第二コリント人への手紙4章——バビロンの自己宣言とパウロの土の器、その決定的な違い——

通読箇所:民数記24章/イザヤ書47章・48章/第二コリント人への手紙4章呪おうとして、なぜ祝福しか口にできなかったのか。自分を神の座に置いた都は、なぜ徹底的に引き下ろされたのか。そして、土の器に過ぎない使徒パウロは、なぜそこに測り知れない...
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聖書通読 2026.6.30 民数記22章 イザヤ章43章44章 第二コリント人への手紙2章——あなたがたはわたしの証人——

民数記22章 / イザヤ書43〜44章 / 第二コリント2章異邦人の占い師の口から、なぜ呪いではなく祝福しか出てこなかったのか。なぜ神は「行け」と許しながら、抜き身の剣で道をふさいだのか。バビロン捕囚を前にした民に、神はなぜ「あなたはわたし...
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聖書通読2026.6.29 [民数記21章・イザヤ41-42章・Ⅱコリント1章] 仰ぎ見る信仰と、指し示す協力者——恐れるな、わたしがともにいる——

——恐れるな、わたしがともにいる——通読箇所:民数記21章/イザヤ書41章・42章/コリント人への手紙第二 1章12-24節蛇に噛まれた荒野の民が助かったのは、薬でも、戦いでもなく、ただ青銅の蛇を「仰ぎ見た」からでした。なぜ、目を上げるだけ...
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聖書通読2026.6.28 民数記20章・イザヤ39〜40章・第二コリント1章 約束を見られずに死んだ人々——それでも「慰めよ」と神は言う——

——それでも「慰めよ」と神は言う——通読箇所:民数記20章/イザヤ書39〜40章/第二コリント1章1〜11節約束の地を目前にして、神に最も近かった三人が、次々とその地を見ずに死んでいった。預言者ミリヤム、大祭司アロン、そして指導者モーセ。紅...
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聖書通読 2026.6.27 民数記19章 イザヤ書37章38章 第一コリント人への手紙16章—死の汚れを越える、いのちの水—

2026年6月27日 民数記19章・イザヤ書37〜38章・第一コリント16章死に触れることが、なぜ「汚れ」になるのでしょうか。死にかけた王の寿命に、なぜ十五年だけが加えられたのでしょうか。そして、なぜ最初の弟子たちは、海を越えた外国の教会に...
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聖書通則 2026.6.26 民数記18章 イザヤ書35章36章 第一コリント人への手紙15章29節から58節 —— 塩の契約からよみがえりの体へ ——

私たちは、なぜこれほど「永遠に生きたい」と願うのでしょうか。今、脳をコンピューターに移して死を回避しようという技術が、本気で語られる時代になりました。けれど聖書は、まったく違う方角から永遠を語ります。「種は、死ななければ生かされない」と。死...
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聖書通読2026.6.24 民数記16章・イザヤ書31-32章・第一コリント14章

渇いた地に注がれる霊——荒野が果樹園となる日——民数記16章36-50節/イザヤ書31-32章/第一コリント人への手紙14章20-40節なぜ、コラの仲間たちの火皿は青銅でなければならなかったのか。モーセは、神に命じられたわけでもないのに、な...
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聖書通読2026.6.23 民数記16章・イザヤ書29章30章・Ⅰコリント14章 アリエル——神の獅子が、炉となる日——

——口先で近づく民と、心を見つめる神——通読箇所:民数記16章20〜35節/イザヤ書29章・30章/第一コリント14章1〜19節「口先では神に近づくのに、心は遠く離れている」——もしそう言われたら、それは誰のことでしょうか。遠い昔の不信仰な...
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聖書通読2026.6.22 [民数記16章・イザヤ27〜28章・Ⅰコリント13章] 拒まれた憩い、据えられた礎——神が差し出す唯一の道——

——拒まれた憩い、据えられた礎————拒まれた憩い、据えられた礎——通読箇所:民数記16章16〜19節/イザヤ書27章・28章/コリント人への手紙第一 13章香を焚くとは、本来どういうことなのでしょうか。なぜ二百五十人もの有力者が、火皿を手...
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聖書通読 2026.6.21 民数記16章12節から15節 イザヤ章25章26章 第一コリント人への手紙12章 死が飲み込まれる日

——イザヤが見た終わりの希望——2026年6月21日の聖書通読民数記16章12〜15節/イザヤ書25章・26章/コリント人への手紙第一 12章イザヤ書を読んでいて、ふと立ち止まったことはないでしょうか。「死を滅ぼす」とは、いったい何を意味す...
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聖書通読2026.6.20 民数記16章・イザヤ23-24章・第一コリント11章 神に近づく者は誰か——コラの火皿から、主の杯へ——

神に最も近い場所で仕えていた一人の男が、なぜ滅びへと向かったのでしょうか。栄華を極めた海の都市は、なぜ七十年の沈黙へと沈んだのでしょうか。そして、最後の晩餐の夜にイエスが差し出した一つの杯は、私たちに何を語りかけているのでしょうか。今日の三...
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聖書通読2026.6.18 民数記15章11-26節 イザヤ書19-20章 Ⅰコリント9章 民数記15章11-26節 境界線が溶ける日——在留異国人・エジプト・アッシリヤをつなぐ神の大計画——   

イザヤ書を通読していて、ふと迷子になることはないだろうか。「これはいつの時代の話?」「この預言はもう成就したの?それともまだ?」——教職者なら分かりきっているかもしれない。しかし一般のクリスチャンには、礼拝やメッセージでその箇所に「鉢合わせ...
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聖書通読 2026.6.17 民数記15章1節から10節 イザヤ書17章18章 第一コリント人への手紙8章   残り実は枯れない

——イザヤが見た「残りの者」の神学————残り実は枯れない——通読箇所:民数記1:1〜10 イザヤ17〜18章 Ⅰコリント8章オリーブの収穫が終わったあと、高い枝の先に残った実はどこへ行くのだろうか。棒で叩いても届かなかった、その残り実に、...
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聖書通読 2026.6.16 民数記14章26節から45節 イザヤ書15章16章 第一1コリント人への手紙7章25節から40節  ——不従順の代償と、敵をも嘆く神の心——

【通読箇所】民数記14章26節〜45節・イザヤ書15章〜16章・Ⅰコリント人への手紙7章25節〜40節あなたは今、主とともに動いているだろうか。それとも、熱心に動いているつもりなのに、気づけば主の臨在が伴っていない——そういう経験をしたこと...
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聖書通読 2026.6.15 民数記14章1〜25節 / イザヤ書13〜14章 / Ⅰコリント人への手紙7章1〜24節——神の御前に今いる場所で——

民数記14章1〜25節 / イザヤ書13〜14章 / Ⅰコリント人への手紙7章1〜24節はじめに同じ現実を見ながら、なぜ人によって見え方がこれほど違うのでしょうか。十二人の斥候は同じカナンの地を見てきた。しかし十人は「私たちはいなごのようだ...
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聖書通読 2026.6.14 民数記13章21節から33節 イザヤ書11章12章 第一コリント6章——偵察隊・イザヤ・パウロの証言——

あなたは今、何を見ているだろうか。同じ現実を前にしても、ある人は「できない」と言い、ある人は「必ずできる」と言う。その違いはどこから来るのか。能力の差だろうか。情報量の差だろうか。それとも、全く別の何かが働いているのだろうか。民数記の12人...
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聖書通読2026.6.13 民数記13章・イザヤ書9章10章・Ⅰコリント5章 「救い」に主語を入れた日——高ぶりの解剖学——

——高ぶりの解剖学——通読箇所:民数記13章1-20節/イザヤ書9章・10章/コリント人への手紙第一5章「救い」ということばに、主語はあるでしょうか。荒野で、モーセは一人の青年の名前に、たった一音節を書き加えました。その瞬間、「救い」は「主...